・・・これが私の夫ですというて、ひとに紹介も出来しませんわ。字ひとつ書かしても、そらもう情けないくらいですわ。ちょっとも知性が感じられしませんの。ほんまに、男の方て、筆蹟をみたらいっぺんにその人がわかりますのねえ」 私はむかむかッとして来た、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・なお、売れても売れなくても、必ず四十円の固定給は支給する云々の条件に、申し分がなく、郵便屋がこぼすくらい照会の封書や葉書が来た。 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として、金六百円を納められたい。――活版刷りの美麗な辞令だった。 そして、待機していると、世間は広いものだ。一生妻子を養うことが出・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そして今また今度の会へもぜひ私を出席さして、その席上でいろいろな雑誌や新聞の関係者に紹介してくれて、生活の便宜を計ってやると言っていたのだ。 彼はほとんど隔日には私を訪ねてきてくれた。そしていつも「書けたかね?……書けない?……書けない・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・と善平に紹介されたる辰弥は、例の隔てなき挨拶をせしが、心の中は穏やかならず。この蒼白き、仔細らしき、あやしき男はそもそも何者ぞ。光代の振舞いのなお心得ぬ。あるいは、とばかり疑いしが、色にも見せずあくまで快げに装いぬ。傲然として鼻の先にあしら・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・竹内はそれと気がつき、「ウン貴様は未だこの方を御存知ないだろう、紹介しましょう、この方は上村君と言って北海道炭鉱会社の社員の方です、上村君、この方は僕の極く旧い朋友で岡本君……」 と未だ言い了らぬに上村と呼ばれし紳士は快活な調子で・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 左様いう塾に就いて教を乞うのは、誰か紹介者が有ればそれで宜しいので、其の頃でも英学や数学の方の私塾はやや営業的で、規則書が有り、月謝束修の制度も整然と立って居たのですが、漢学の方などはまだ古風なもので、塾規が無いのではありませんが至っ・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・新しいメンバーがはいってくると、簡単な自己紹介があった。――ある時、四十位の女の人が新しくはいってきた。班の責任者が、「中山さんのお母さんです。中山さんはとう/\今度市ヶ谷に廻ってしまったんです。」 といって、紹介した。 中山の・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・悦気面に満ちて四百五百と入り揚げたトドの詰りを秋子は見届けしからば御免と山水と申す長者のもとへ一応の照会もなく引き取られしより俊雄は瓦斯を離れた風船乗り天を仰いで吹っかける冷酒五臓六腑へ浸み渡りたり それつらつらいろは四十七文字を按ずる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫