・・・一日島田はかつて爾汝の友であった唖々子とわたしとを新橋の一旗亭に招き、俳人にして集書家なる洒竹大野氏をわれわれに紹介した。その時島田と大野氏とは北品川に住んでいる渋江氏が子孫の家には、なお珍書の存している事を語り、日を期してわたしにも同行を・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・主意はこんな事が面白いから書いて見ようというので、マロリーが面白いからマロリーを紹介しようというのではない。そのつもりで読まれん事を希望する。 実をいうとマロリーの写したランスロットは或る点において車夫の如く、ギニヴィアは車夫の情婦のよ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・そのくせニイチェの名前だけは、日本の文壇に早くから紹介されて居た。生田長江氏がその全訳を出す以前にも、既に高山樗牛、登張竹風等の諸氏によつて、早く既に明治時代からニイチェが紹介されて居た。その上にもニイチェの名は、一時日本文壇の流行児でさへ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
楢ノ木大学士は宝石学の専門だ。ある晩大学士の小さな家へ、「貝の火兄弟商会」の、赤鼻の支配人がやって来た。「先生、ごく上等の蛋白石の注文があるのですがどうでしょう、お探しをねがえませんでしょうか。もっともごくご・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・「ご紹介はありますか。」 私はふと、いつか幼年画報に出ていたたけしという人の狐小学校のスケッチを思い出しました。「画家のたけしさんです。」「紹介状はお持ちですか。」「紹介状はありませんがたけしさんは今はずいぶん偉いですよ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・とにかくその七月いっぱいに私のした仕事は、一、北極熊剥製方をテラキ標本製作所に照会の件一、ヤークシャ山頂火山弾運搬費用見積の件一、植物標本褪色調査の件一、新番号札二千三百枚調製の件 などでした。 そして八月に・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 私は二つめの戸を入って行って、そこに書きものをしている若い婦人労働者に、「今日は」と云った。「私は日本からきたんですが、これをみて下さい」 紹介の手紙を出した。その婦人労働者は手紙をよみ終ると、「素ばらしいわ! よ・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・希望者は事務所へ照会せよ。 ホワイト・チャペル通の交叉点を過ると、街の相貌がだんだん違って来た。家並が低くなった。木造二階家がよろめきながら立っている。往来はひろがり、タクシーなんか一台も通らない。犬もいない。木もない。そして人も少・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・その時新聞社の一記者は我文に書後のようなものを添えて読者に紹介せられた。その語中にこの森というものは鴎外漁史だとことわってあった。予は当時これを読んで不思議な感を作した。この鴎外漁史と云う称は、予の久しく自ら署したことのないところのものであ・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・高田は梶に栖方の名を云って初対面の紹介をした。 学帽を脱いだ栖方はまだ少年の面影をもっていた。街街の一隅を馳け廻っている、いくら悪戯をしても叱れない墨を顔につけた腕白な少年がいるものだが、栖方はそんな少年の姿をしている。郊外電車の改札口・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫