・・・一坪でも、そこから米を産出する稲田の真中に、大きい面積をつぶして住居を立てるほど地主たちは愚かでないという証拠である。彼等は多く都会に家をもっているのだろう。小作としてどうしてもそこで働かせておかなければこまる農民の住居は最小限において。家・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・雨だれきゝてあれば かしらおのづとうなだるゝかなぜんまひの小毬をかゞる我指を 見れば鹿の子を髪にのせたや夜々ごとに来し豆売りは来ずなりぬ 妻めとりぬと人の云ひたり意志悪な小姑の如シク/\と いたむ虫歯に我・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・未亡人が教師その他の職業をもっていて一定の経済力があっても、その家の中で舅姑、小姑にたいする「嫁」の立場にかわりはないばかりか、一家の柱として供出、税、どれひとつ男の戸主がいるときどおりにとり立てられ、増加して徴収されていないものはないのが・・・ 宮本百合子 「願いは一つにまとめて」
・・・嫁いで来た中條も貧乏な米沢の士族で、ここは大姑、舅姑、小姑二人とかかり人との揃った大家内であったし、舅はもうその頃中風で、世間なれない二十二の花嫁としては大姑、姑たちの、こまかくつけまわす視線だけでもなかなか辛い思いをしたらしい。その時分の・・・ 宮本百合子 「母」
・・・離婚しても、嫁、または子をもった嫁が、その家を去られたのであって、のこされた子を育てるには、姑だの小姑だのがあった。妻を去らせた男の生活の家事的な面はそれらの「家」の女たちによって結構まかなわれた。 家庭の単位を、夫と妻とその子供たちと・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・ さて中條の家へ来てみたところが、そこには大姑、舅姑、小姑が四人、それにかかり人が二人いるという一家のありさまでした。それらの人々は、式の前にとりかわされる親類書というもので、母にも解っていたそうです。ところが愈々当時小石川原町の家へ来・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
・・・マランダンはどこまでも自分の証拠をあげて主張した。かれらは一時間ばかりの間、言い争った。アウシュコルンは自分で願って身躰の検査を求めた。手帳らしきものも見いだされなかった。 ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・裁判所で証拠立てをして拵えた判決文を事実だと云って、それを本当だとするのが、普通の意味の本当だろう。ところが、そう云う意味の事実と云うものは存在しない。事実だと云っても、人間の写象を通過した以上は、物質論者のランゲの謂う湊合が加わっている。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・と言ったが、これは充分の意識をもって称呼を改めたわけではない。その声がわが口から出てわが耳に入るや否や、庄兵衛はこの称呼の不穏当なのに気がついたが、今さらすでに出たことばを取り返すこともできなかった。「はい」と答えた喜助も、「さん」と呼・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・その間にわたくしが後悔しておことわりをせずに、我慢していましたのは、よっぽどあなたに迷っていた証拠でございますわ。一体冷却する時間をお与えなさるなんと云うことは、女に取って、一番堪忍出来にくいのでございますけれど。そのうち馬車が参りましたの・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫