・・・ 省作は例の手段で便所策を弄し、背戸の桑畑へ出てしばらく召集を避けてる。はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。 朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・僕などは、『召集されないかて心配もなく、また召集されるような様子になったら、その前からアメリカへでも飛んで行きたいんを、わが身から進んでそないに力んだかて阿房らしいやないか? て』冷かしてやったんけど大した意気込みで不平を云うとって、取り合・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・編輯員の二人までがおりから始まった事変に召集されて、欠員があったのだ。こんどは怠けずこつこつと勤めて二年たつと、編輯長がまた召集されて、そのあとの椅子へついた。その秋大阪に住んでいるある作家に随筆を頼むと、〆切の日に速達が来て、原稿は淀の競・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・それから二時間たって、現場から四十八粁距ったここで守備隊の出発防備隊の召集ときているんだ。なかなか順序がよすぎるじゃないか、とても早すぎる。が、その背後にどんな計画があったか、それは君の想像にまかせる。 防備隊というのは兵隊じゃない普通・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・ 夫はからだが弱いので、召集からも徴用からものがれ、無事に毎日、雑誌社に通勤していたのですが、戦争がはげしくなって、私たちの住んでいるこの郊外の町に、飛行機の製作工場などがあるおかげで、家のすぐ近くにもひんぴんと爆弾が降って来て、とうと・・・ 太宰治 「おさん」
・・・予備兵の演習召集か何かで訓練を受けていたのであろう。中畑さんが兵隊だったとは、実に意外で、私は、しどろもどろになった。中畑さんは、平気でにこにこ笑い、ちょっと列から離れかけたので私は、いよいよ狼狽して、顔が耳元まで熱くなって逃げてしまった。・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・私がこの家へお手伝いにあがったのは、まだ戦争さいちゅうの四年前で、それから半年ほど経って、ご主人は第二国民兵の弱そうなおからだでしたのに、突然、召集されて運が悪くすぐ南洋の島へ連れて行かれてしまった様子で、ほどなく戦争が終っても、消息不明で・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・「うん、召集と同時に女房と子供は、こっちの家へ疎開させて置いた。なあに、知らせるに及ばんさ。外国土産でもたくさんあるんならいいけど、どうもねえ、何もありやしないんだ。」と言って、顔をそむけ、窓外の風景を眺める。「これを持って行き給え・・・ 太宰治 「雀」
・・・と大佐殿は声を一段と高くして、「今日の査閲に、召集がなかったのに、みずからすすんで参加いたした感心の者があったという事を諸君にお知らせしたい。まことに美談というべきである。たのもしい心がけである。もちろん之は、ただちに上司にも報告するつもり・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 明治二十七八年日清戦争の最中に、予備役で召集されて名古屋の留守師団に勤めていた父をたずねて遊びに行ったとき、始めて紡績会社の工場というものの見学をして非常に驚いたものである。祖母が糸車で一生涯かかって紡ぎ得たであろうと思う糸の量が数え・・・ 寺田寅彦 「糸車」
出典:青空文庫