・・・第一、ぼくが全く無意義な存在であること、例え、マルクスが商事会社――ブローカー――広告業――外交販売員が社会にとって有害であると説かぬにしろ、ぼくは自分の商売が憎らしいのに決っています。曾つて、主任から、個性を殺せと説教されました。そうして・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・友人の松村と言う男が、塩田カジョー、関タッチイ、大庄司清喜、この三人そろって船橋のお宅へお邪魔した際の拙作に関するあなたの御意見、あとでその三人から又聞きしたのを、そのまま私へ知らせてよこしました。亦、『新ロマン派』十二月号にも拙作に関する・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・大事のまえの小事には、戒心の要がある。つまらぬ事で蹉跌してはならぬ。常住坐臥に不愉快なことがあったとしても、腹をさすって、笑っていなければならぬ。いまに傑作を書く男ではないか、などと、もっともらしい口調で、間抜けた感慨を述べている。頭が、悪・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・そこでは、人の生死さえ出鱈目である。太宰などは、サロンに於いて幾度か死亡、あるいは転身あるいは没落を広告せられたかわからない。 私はサロンの偽善と戦って来たと、せめてそれだけは言わせてくれ。そうして私は、いつまでも薄汚いのんだくれだ。本・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・途中、神社の森の小路を通る。これは、私ひとりで見つけて置いた近道である。森の小路を歩きながら、ふと下を見ると、麦が二寸ばかりあちこちに、かたまって育っている。その青々した麦を見ていると、ああ、ことしも兵隊さんが来たのだと、わかる。去年も、た・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・太閤が、そんなに魅力のある人物だったら、いっそ利休が、太閤と生死を共にするくらいの初心な愛情の表現でも見せてくれたらよさそうなものだとも思われる。「人を感激させてくれるような美しい場面がありませんね。」私はまだ若いせいか、そんな場面の無・・・ 太宰治 「庭」
・・・停車場に来ている時もある。生死に関すると云う程でもなく、ちょいとした危険があるのを冒すのが、なんとも云えないように面白い。ポルジイはまだ子供らしく、こんなかくれん坊の興味を感じる。ドリスも冒険という冒険が好きだから、同じように嬉しがる。芝居・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 田畝を越すと、二間幅の石ころ道、柴垣、樫垣、要垣、その絶え間絶え間にガラス障子、冠木門、ガス燈と順序よく並んでいて、庭の松に霜よけの繩のまだ取られずについているのも見える。一、二丁行くと千駄谷通りで、毎朝、演習の兵隊が駆け足で通ってい・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・柱は竹を堀り立てたばかり、屋根は骨ばかりの障子に荒筵をかけたままで、人の住むとも思われぬが、内を覗いてみると、船板を並べた上に、破れ蒲団がころがっている。蒲団と云えば蒲団、古綿の板と云えばそうである。小屋のすぐ前に屋台店のようなものが出来て・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・階段を上りつめてドアの前に少時佇む。その影法師が大きく映る、という場面が全篇の最頂点になるのであるが、この場面だけはせめてもう一級だけ上わ手の俳優にやらせたらといささか遺憾に思われたのであった。 テニス競技の場面の挿入は、物語としては主・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫