・・・ 為業は狂人です、狂人は御覧のごとく、浅間しい人間の区々たる一個の私です。 が、鍵は宇宙が奪いました、これは永遠に捜せますまい。発見せますまい、決して帰らない、戻りますまい。 小刀をお持ちの方は革鞄をお破り下さい。力ある方は口を・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 藍の長上下、黄の熨斗目、小刀をたしなみ、持扇で、舞台で名のった――脊の低い、肩の四角な、堅くなったか、癇のせいか、首のやや傾いだアドである。「――某が屋敷に、当年はじめて、何とも知れぬくさびらが生えた――ひたもの取って捨つれど・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 鵜島は、湖水の沖のちょうどまんなかごろにある離れ小島との話で、なんだかひじょうに遠いところででもあるように思われる。いまからでかけてきょうじゅうに帰ってこられるかしらなどと考える。外のようすは霧がおりてぼんやりとしてきた。娘はふたたび・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ここから南の方へ十町ばかり、広い田圃の中に小島のような森がある、そこが省作の村である。木立の隙間から倉の白壁がちらちら見える、それが省作の家である。 おとよは今さらのごとく省作が恋しく、紅涙頬に伝わるのを覚えない。「省さんはどうして・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・椿年は南岳の弟子で、南岳は応挙の高足源に学んだのだから、椿岳は応挙の正統の流れを汲んだ玄孫弟子であった。 馬喰町時代の椿岳の画は克明に師法を守って少しも疎そかにしなかった。その時代の若書きとして残ってるもの、例えば先年の椿岳展覧会に出品・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・大陸の主かならずしも富者ではありません。小島の所有者かならずしも貧者ではありません。善くこれを開発すれば小島も能く大陸に勝さるの産を産するのであります。ゆえに国の小なるはけっして歎くに足りません。これに対して国の大なるはけっして誇るに足りま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・役場では、その決闘というものが正当な決闘であったなら、女房の受ける処分は禁獄に過ぎぬから、別に名誉を損ずるものではないと、説明して聞かせたけれど、女房は飽くまで留めて置いて貰おうとした。 女房は自分の名誉を保存しようとは思っておらぬらし・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・お父さんは小刀でかにの足を切りました。そして、みんなが堅い皮を破って、肉を食べようとしますと、そのかには、まったく見かけによらず、中には肉もなんにも入っていずに、からっぽになっているやせたかにでありました。「こんな、かにがあるだろうか?・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・ こういって、小刀で鉛筆を削りはじめました。しんが、やわらかいとみえて、じきに折れてしまうのです。「こんな鉛筆で、なにが書けるもんか。」 次郎さんは、かんしゃくを起こして、女中を呼びました。「きよ、なんでこんな鉛筆を買ってき・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・「わたし、お父さんからもらった小刀をあげるから、にがしておやり。」と、光子さんはいいました。「ほんとうにくれる。じゃ、にがしてやるよ。」 子ちょうは、あやういところをたすかりました。 お家へかえって、そのことを、母ちょうには・・・ 小川未明 「花とあかり」
出典:青空文庫