・・・第一は、只さえも保守的な退嬰主義に堕し易い女性一般の傾向を暗々裡に称揚する事になると同時に、他方では、一層反動的、爆発的の急進を促す事になるからでございます。其で、私は此から、私の出来る丈の細密な思考を廻らして、私の出来る丈公平な、出来る丈・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・即ち、その誹謗が実質的な価値は持って居ないと分りつつ尚不快である如く、或る賞揚や尊敬は、又其の実質が如何に低いかを知りつつ、又或る淡い愉快と、由づけとを感じないわけには行かないということなのである。 小さい魂や、浅薄な動機からの追従も、・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・軽井沢近くまではどうか斯うが無事に来たが、沓かけ駅から一つ手前で、窓から小用をした人が、客車の下に足を見つけ、多分バク弾を持った朝鮮人がかくれて居るのだろうとさわぎ出す。前日軽井沢で汽車をテンプクさせようとした鮮人が捕ったところなので皆、さ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 確かに呼吸が止まり冷たい、堅い骸となって横わっている自分の前では、もう一人のこれも自分には違いない自分が、厭な辛いことを健気にも最後まで忍び、雄々しい生涯を終った自らを、感歎し、賞揚し追慕して、潸然と涙を流している……。 こんな、・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・イギリスにおいて、ミルトンの一夫一婦 純潔な家庭を称揚したパラダイス ロストフランスの人々も家庭というものの幸福のために坊主の追放を考えた。p.72のルカシュスの言葉〔欄外に〕 ドイツ ルーテル スコットランド ノックス・・・ 宮本百合子 「バルザック」
・・・M氏は多く読み、英国労働組合内に友人を持ち、ロンドンに於けるインド留学生集会に招かれて自治論を慫慂した。 ロンドンでなら、しかし、いつでもM氏夫妻に会えるとは限ってない。国際連盟の労働会議があると、夫妻はジェネへ出かけた。労働代表はM氏・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・それは、私に非常な好意を持っていてくれる或る人が、私の当時の心境を察し、抱いている爆薬のような企図を、大層慫慂してくれたことです。ところがその人が不用意の間に発した一言が、私には霹靂のようなショックを与えました。かえって事態は、まるで逆転し・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・ョト声で、のべつに読みあげた――『ゴーデルヴィルの住人、その他今日の市場に出たる皆の衆、どなたも承知あれ、今朝九時と十時の間にブーズヴィルの街道にて手帳を落とせし者あり、そのうちには金五百フランと商用の書類を入れ置かれたり。拾いし者は速・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・明治の時代中ある短日月の間、文章と云えば、作に露伴紅葉四迷篁村緑雨美妙等があって、評に逍遥鴎外があるなどと云ったことがある。これは筆を執る人の間で唱えたのであるが、世間のものもそれに応じて、漫りに予を諸才子の中に算えるようになって居た。姑く・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・外の女ならこんな時手水にでも起きるのだが、お金は小用の遠い性で、寒い晩でも十二時過ぎに手水に行って寝ると、夜の明けるまで行かずに済ますのである。お金はぼんやりして、広間の真中に吊るしてある電灯を見ていた。女中達は皆好く寐ている様子で、所々で・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫