・・・と覚えず勝利の声を上げる。田崎と車夫喜助が鋤鍬で、雪をかき除けて見ると、去年中あれほど捜索しても分らなかった狐の穴は、冬も茂る熊笹の蔭にありあり見えすいて居る。いよいよ狐退治の評議が開かれる。 喜助は、唐辛でえぶせば、奴さん、我慢が出来・・・ 永井荷風 「狐」
・・・新比翼塚は明治十二、三年のころ品川楼で情死をした遊女盛糸と内務省の小吏谷豊栄二人の追善に建てられたのである。(因にいう。竜泉寺町 日本堤を行き尽して浄閑寺に至るあたりの風景は、三、四十年後の今日、これを追想すると、恍として前世を悟る思い・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・僅か五隻のペリー艦隊の前に為す術を知らなかったわれらが、日本海の海戦でトラファルガー以来の勝利を得たのに心を躍らすのである。 下 先生はこの驚嘆の念より出立して、好奇心に移り、それからまた研究心に落ち付いて、この・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・昔、ペルシヤ戦争に於てギリシヤの勝利が今日までのヨーロッパ世界の文化発展の方向を決定したと云われる如く、今日の東亜戦争は後世の世界史に於て一つの方向を決定するものであろう。 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・ 宏壮なビルディングは空に向って声高らかに勝利を唄う。地下室の赤ん坊の墳墓は、窓から青白い呪を吐く。 サア! 行け! 一切を蹂躙して! ブルジョアジーの巨人! 私は、面会の帰りに、叩きの廊下に坐り込んだ。 ――典獄に会わ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・男子の心は元禄武士の如くして其芸能は小吏の如くなる可しと。今この語法に従い女子に向て所望すれば、起居挙動の高尚優美にして多芸なるは御殿女中の如く、談笑遊戯の気軽にして無邪気なるは小児の如く、常に物理の思想を離れず常に経済法律の要を忘れず、深・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ このたびの大戦の結果は、二十五年以前の第一次世界大戦のときよりも、いっそうまざまざと人間理性の勝利の意味、民主的社会の価値を教えたのだが、それにつれて、世界の女性のうごきも、独特の飛躍発展を示してきている。日本はこの十数年間、鎖国の状・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・いるごとくではあるが、それどころか、勤労階級の男女は一層ひどい封建性の下で家庭生活を営んでいるのであるが、新たな歴史の担い手である勤労階級の社会関係の必然から、見とおしとしては結局、プロレタリアートの勝利のみが、恋愛や結婚の幸福をも我々に与・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・しかし、花園は既にその山上の優れた位地を占めた勝利のために、何事にも黙っていなければならなかった。彼の妻は日々一層激しく咳き続けた。 七 こういう或る日、彼はこっそり副院長に別室へ呼びつけられた。「お気の毒で・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 高田はそう梶に云ってから、この栖方は、特種な武器の発明を三種類も完成させ、いま最後の一つの、これさえ出来れば、勝利は絶対的確実だといわれる作品の仕上げにかかっている、とも云ったりした。このような話の真実性は、感覚の特殊に鋭敏な高田とし・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫