・・・ 三階に上がって行くと、応接間らしいところに、検事が書記を連れてやってきていた。俺はそこで二時間ほど調べられた。警察の調べのおさらいのようなもので、別に大したことはなかった。調べが終った時、「真夏の留置場は苦しいだろう。」 ない・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・棟方志功氏の、初期の傑作でした。 棟方志功氏の姿は、東京で時折、見かけますが、あんまり颯爽と歩いているので、私はいつでも知らぬ振りをしています。けれども、あの頃の志功氏の画は、なかなか佳かったと思っています。もう、二十年ちかく昔の話にな・・・ 太宰治 「青森」
・・・ 次兄は、この創刊号には、何も発表なさらなかったようですが、この兄は、谷崎潤一郎の初期からの愛読者でありました。それから、また、吉井勇の人柄を、とても好いていました。次兄は、酒にも強く、親分気質の豪快な心を持っていて、けれども、決して酒・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・「頭がいたくてね、暑気に負けたのだろう。信州のあの温泉、あのちかくには知ってる人もいるし、いつでもおいで、お米持参の心配はいらない、とその人が言っているんだ。二、三週間、静養して来たい。このままだと、僕は、気が狂いそうだ。とにかく、東京・・・ 太宰治 「おさん」
・・・「それを聞いて役場の書記二人はこれまで話に聞いた事も無い出来事なので、女房の顔を見て微笑んだ。少し取り乱しているが、上流の奥さんらしく見える人が変な事を言うと思ったのである。書記等は多分これはどこかから逃げて来た女気違だろうと思った。・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・事実兄は、ぼくを中学の寄宿舎に置くと、一家を連れて上京、自分は××組合の書記長になり、学校にストライキを起しくびになり、お袋達が鎌倉に逃げかえった後も、豚箱から、インテリに活動しました。同志の一人はうちに来て、寄宿から帰ったぼくと姉を兄貴へ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「詩を全部、載せますか。」と私は山岸さんに尋ねた。「まあ、そんな事になるだろうな。」「初期のは、あんまりよくなかったようですが。」と私は、まだ少しこだわっていた。れいの田五作の剛情である。因業爺の卵である。「そんな事を言った・・・ 太宰治 「散華」
・・・おにぎりは三日分くらい用意して来たのですが、ひどい暑気のために、ごはん粒が納豆のように糸をひいて、口に入れて噛んでもにちゃにちゃして、とても嚥み込む事が出来ない有様になって来ました。下の男の子には、粉ミルクをといてやっていたのですが、ミルク・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 映画素材から映画を作り上げる編集方法としてのモンタージュはそもそも映画始まって以来行なわれて来たものに相違ないのであるが、しかし初期の映画において、単に海岸に打ち寄せる波の遊びを見せたり、あるいは舞台演芸をそっくりそのまま写してみたり・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・時には会計官吏や書記や小使の用をつとめなければならない。好きな研究に没頭する時間を拾い出すのはなかなか容易でないのである。その上に肝心な研究費はいつでも蟻の涙くらいしか割当てられない。その苦しい世帯を遣り繰りして、許された時間と経費の範囲内・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
出典:青空文庫