・・・ジェーンは義父と所天の野心のために十八年の春秋を罪なくして惜気もなく刑場に売った。蹂み躙られたる薔薇の蕊より消え難き香の遠く立ちて、今に至るまで史を繙く者をゆかしがらせる。希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめた・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・この見地からその特色を数えるならば次の諸点に帰する。一 これは正しいものの種子を有し、その美しい発芽を待つものである。しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするもので・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ 新奇なこともない新聞を読み乍ら食事を終った処へ或書店から人が見えた。 髪をちょっと丸めたままの姿で、客間に行って見ると髪を長くのばし、張った肩に銘仙の羽織を着た青年が後を見せて立って居る。 初対面の挨拶をし、自分は「どうぞ・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・点、自分が女性としての性的生活を完全に営んでいなかった事又は、女性の一人として同性の裡に入っていると、自分達の特性に対して馴れ切って無自覚に成りがちであると一緒に、却って欠点が互に目に付くと云うような諸点から、今まで自分にとって女性の生活は・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 不満な諸点にかかわらず、その直接性に於て此よりよいと云うものは感じられない。テキスト・ブック、としてでなく、ローマ字で、小説も書く気には、到底なれません。落付いて考えて見ると或る国民を代表する程の文学者は、知的、感情的両方面に、自ら最・・・ 宮本百合子 「芸術家と国語」
・・・さし入れ、その他の世話は、娘さんの稚い心くばりを、東京市内の某書店につとめていた或る人が扶けて、行っているという話をきいた。三木氏の義理の兄弟で帝大農学部教授がある。どうして、その人が、小さい娘一人をかばって世話をひきうけられないのだろう。・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・作品そのもので、題材と主題との関係で今私がとりあげたく思っている諸点、芸術化されるべきであると思っている諸世相を書いてゆくつもりです。大変たのしみであるし、きっとあなたによろこんでいただけるものがかけそうです。丁度お産をする母が肉体的に出産・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・楠書店はまだはっきりしたことがわからないので、明日でもまた電話してみます。 この間手紙で申しあげたように、ああちゃんの入院を機会に注射をやめようと思ったので、目白の先生に細かく相談しましたところ、それでよいだろうし、薬も整理してメタボリ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・を出版しようという書店が一つもなかった。藤村は一家離散を敢てして、その作品を自費出版した。ここには、作家藤村の独特な生活力の粘りつよさが現れているばかりでなく、今日の私たちの胸をも引き緊める作家としての気魄が感じられる。だが、当時、何かの賞・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・ 不幸にも、当時ヒューマニズム、行動主義の文学及創作方法における右の如き弱き諸点に対して、発展の翹望に添えて正当な警告を提出し得たものは、既に兵を語るべからざる敗軍の将のように見られていたプロレタリア作家・評論家の二三の者であった。彼等・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫