・・・ フランス人にとってアフリカは貴重な天然資源の植民地であると同時に、十九世紀の初頭からロマンティックな脱出地であった。そのことはアナトール・フランスやジイドの文学を見ただけでも明かである。デイトリッヒとボアイエとが演じた「沙漠の花園」は・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・雄々しい小禽と一房の梢を前景として、初冬の雲が静かに蒼空の面を掠め、溶け合い、消え去って行く。――私はひとりでに、北方の山並を思い起した。今頃は、どの耕野をも満して居るだろう冬枯れの風の音と、透明そのもののような空気の厳かさを想った。底冷え・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ 大体、大正初頭、鴎外が歴史小説に手を染めはじめた時分から数年間、日本の文学に歴史的な材料を扱った作品が多くあらわれた。そして、それが、各々の作家たちを新しい道に押し出し或は文学に初登場させたばかりでなく、それから後につづく十年の間にそ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ こういう一事でもわかるように、大正初頭の女学校の気風は、本当に保守的であったし、個性の特色をよろこばなかった。私の卒業した官立の女学校は、所謂品のよい、出来のよい画一にはめこまれていて、個性のつよさを愛さなかったから、当時の女学生とし・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ こういう特色をもった十九世紀初頭のライン州、トリエルの市にハインリッヒ・マルクスという上告裁判所付弁護士が住んでいた。そこに、一八一八年五月五日、一人の骨組のしっかりした男の子が産れ、カールと名付けられた。 マルクス家はユダヤ系で・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・イギリスの十九世紀初頭の詩人画家であったウィリアム・ブレークが、独特な水色や紅の彩色で森厳に描いた人格化された天の神秘的な版画も、宇宙に向ってのロマンティックな一種の絵として面白いものだったと思う。 岩波新書で出ている中谷宇吉郎氏の「雪・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
その家は夏だけ開いた。 冬から春へかけて永い間、そこは北の田舎で特別その数ヵ月は歩調遅く過ぎるのだが、家は裏も表も雨戸を閉めきりだ。屋根に突出した煙の出ぬ細い黒い煙突を打って初冬の霰が降る。積った正月の雪が、竹藪の竹を・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・明治から大正初頭にかけて、日本の知性の確立を欲することの熱烈であった作家の一人夏目漱石も、イギリスへ行ってからはとくに個々人の見識、人格としてそれをはっきり主張した。しかし、支配権力の歴史的な性格が、国の文化と知性との基盤にあって、どう作用・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代の性格とその政治生活の規模にしたがって、何と素朴だったろう。そして何と「宮廷詩人」的であったろう。ナチスが、ゲーテ崇拝を流行させ・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ トポーロフは、ソヴェトの初等教育者というものはただ子供相手だけで納っているべきではないと考えるようになった。特に農村では大衆の文化初等教育が、広汎に要求されている。 大衆の初等教育というのは、文盲打破にはじまって、彼等を楽しませな・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫