・・・頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い、青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである。ひっそりしている。ああ、こんな小説が書きたい。こんな作品がいいのだ。なんの作意も無・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・おそらくは病院にて飼養して在った家兎にちがいない。家兎は、猟夫を恐怖する筈はない。猟夫を、見たことさえないだろう。山中に住む野兎ならば、あるいは猟夫の油断ならざる所以のものを知っていて、之を敬遠するのも亦当然と考えられるのであるが、まさか博・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・そうして、鋼鉄製あるいはジュラルミン製の糸車や手機が家庭婦人の少なくも一つの手慰みとして使用されるようなことが将来絶対にあり得ないということを証明することもむつかしそうに思われる。現に高官や富豪のだれかれが日曜日にわざわざ田舎へ百姓のまねを・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・いつか先生との雑談中に「どうも君の国の人間は理窟ばかり云ってやかましくって仕様がないぜ」というようなことを冗談半分に云われたことがある。なんでも昔寄宿舎で浜口雄幸、溝淵進馬、大原貞馬という三人の土佐人と同室だか隣室だかに居たことがある、その・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
緒言 映画はその制作使用の目的によっていろいろに分類される。教育映画、宣伝映画、ニュース映画などの名称があり、またこれらのおのおのの中でもいろいろな細かな分類ができる。しかしこれらの特殊な目的で作られた映画・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・権威者の片言隻語までも信ずるの弊は云うまでもない事であるが、権威を過信する弊害はあながちこれらの枝葉の問題に止まらない。もっと根本的な大方針においてもまた然りである。 あらゆる方面で偉大な仕事をした人は自信の強い人である。科学者でも同様・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・のみならずこのなぞは長い間にいろいろの枝葉を生じてますます大きくなるばかりである。 たとえば人間が始まって以来今日までかつて断えた事のないあらゆる闘争の歴史に関するいろいろの学者の解説は、一つも私のふに落ちないように思われた。……私には・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 下手な論文を書いて見ていただくと、実に綿密に英語の訂正はもちろん、内容の枝葉の点に至るまで徹底的に修正されるのであった。一度鉛筆で直したのを、あとで、インキでちゃんと書き入れて、そうして最後に消しゴムですっかり鉛筆を消し取って、そのち・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ これで見ても樹木などの枝葉の量と樹幹の大きさとが、いかによく釣合が取れて、無駄がなく出来ているかが分る。それを人間がいい加減な無理をするものだから、少しの嵐にでも折れてしまうのである。 三 いわゆる頭脳・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 事実は全くどうだかわからない、ただ以上のような場合が今後にもありうるものとすれば、私は多くの善良な象のためにまたその善良な飼養者のために、これだけの事を参考のために書いておくのもむだな事ではあるまいと思ったのである。・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
出典:青空文庫