・・・ 遠山雲如の『墨水四時雑詠』には風俗史の資料となるべきものがある。島田筑波さんは既に何かの考証に関してこの詩集中の一律詩を引用しておられたのを、わたくしは記憶している。それは年年秋月与二春花一 〔年年 秋の月と春の花と行楽何・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・殺人姦淫事件は戦争前平和な世の中にも常にあった事であるから、この事だけでは特種な新聞を発行する資料にはなるまいと思われていたからである。およそ世の読者に興味のあるような残忍の事件はそう毎日毎日、紙上を埋めるほど頻々として連続するものではない・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・ 生霊や死霊に憑かれることは、昔からの云い慣わしであった。そして、怨霊のために、一家が死滅したことは珍しくなかった。だが、どんな怨霊も、樫の木の閂で形を以って打ん殴ったものはなかった。で、無形なものであるべき怨霊が、有形の棍棒を振うこと・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・人にして物理に暗く、ただ文明の物を用いてその物の性質を知らざるは、かの馬が飼料を喰うて、その品の性質を知らず、ただその口に旨きものはこれを取りて、然らざるものはこれを捨つるに異ならず。 然りといえども、馬はなお、その物の毒性なるか良性な・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・夜雨秋寒うして眠就らず残燈明滅独り思うの時には、或は死霊生霊無数の暗鬼を出現して眼中に分明なることもあるべし。 蓋し氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人を見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死を憐まざるに非ず。今一証を示さんに・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・それからやる前の日には、なんにも飼料をやらんでくれ。」「はあ、きっとそう致します。」 畜産の教師は鋭い目で、もう一遍じいっと豚を見てから、それから室を出て行った。 そのあとの豚の煩悶さ、豚の頭の割れそうな、ことはこの日も同じだ。・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 国民食の研究資料として、主婦たちの声をとりあつめるのも、隣組の回覧板と一緒に出来ないことでもなかりそうに思える。防犯隣組は出来ても、そういう活動は気づかれていないところに、考えるべきものがあると思われる。『婦人之友』の調査で、うど・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
私も頂きました資料をよんで感じたことですけれども、やっぱり主人公である浦和充子が、子供を一人でなく三人までも殺したという気持が、このプリントに書かれてある範囲ではわからないのです。あれを読みますと、お魚に毒を入れて煮て、そ・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・各芸術部門の独自性、その創造力の土台の社会的・科学的な研究というものは、この巨大な可能性を包蔵している骨組みの細部として、もっと学ばれ、科学的に整理された現実的資料として提供されなければならないのではなかろうか。 これまでも、たとえばプ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・特に、世界とその一環としての日本の文学が、質的に大きい変転を行い、波瀾を経つつある最近の「十年間あまり、国文学研究の中道が、殆どすべて本文校訂とか稿本作成とか、考証とか、索引作成とかいう資料整理的の仕事それ自体を目的とする範囲を出なかったこ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫