・・・物狂いと云い、生霊、死霊と云い、そこでは普通でない人間に対する怖れがある。謡曲は僧侶の文学とされている。女のあわれな物語を、現代の闇商売で有閑的な生活に入った人々が唸っているのは、腹立たしく滑稽な絵図である。 徳川家康が戦国時代に終止符・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・も折々の有益な資料として記憶しておくことは便利であろう。「日本経済史概要」は、日本文化が経済条件の向上推移につれて変化して来たその土台について語っている興味ふかく学ぶところの多い本であると思う。この本に沿って、三笠書房の歴史全書中の「洋・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・この身にしみる叫喚の快い響、何処となく五官を爽かにする死霊の前ぶれ。――おや、あの木立もない広っぱに、大分かたまって蠢いていますね。ミーダ 目に止まらずに恐ろしいのは俺の力だ。見ろ、慌てふためいた人間どもを、火が移ったら其ぎりの小舟や橋・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 私共は、出来る丈、広く、深く、あらゆる人類生活の経験を、自己開発の資料としたく思わずにはいられません。〔一九二二年三月〕 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
数あるトルストイの伝記の中でも、このビリューコフの『トルストーイ伝』は、資料の豊富なことと考証の正確な点で、最も基礎的な参考文献であろう。これまであらわれたトルストイ研究は、その土台を何かの意味でビリューコフの伝記において・・・ 宮本百合子 「『トルストーイ伝』」
・・・昨今出版された大部な切支丹資料研究は、插画を見た丈でも益されることが多大だ。鹿児島出身。三時間に亙って懇切に私の質問に答えたり、書庫を見せられたりした。書庫には、出島和蘭屋敷の絵巻物、対支貿易に使用された信牌、航海図、きりしたんころびに関す・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・豊富な資料を各箇人が持ち合わせながら、組織立った博物館にして見る気にならない長崎人の心持も、私は興味を以て感じた。ざっと見ただけだが、その気分を、集成館によって代表された薩摩人の気質と比べると感興深い。薩摩の人々は、シャヴィエル渡来当時から・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 御ひるっから二時頃までは何やら彼やらと下らない事を云ってすごしてしまったので大あわてにあわてて墨をすり筆の穂をつくろって徳川時代を書いた古風な雁皮紙とじたのと風俗史と二年の時の歴史の本と工芸資料をひっぱり出す。 この徳川時代をひっ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・そして思量の体操をする積りで、哲学の本なんぞを読み耽っているのである。お母あ様程には、秀麿の健康状態に就いて悲観していない父の子爵が、いつだったか食事の時息子を顧みて、「一肚皮時宜に合わずかな」と云って、意味ありげに笑った。秀麿は例の笑を顔・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 芸術は上辺の思量から底に潜む衝動に這入って行く。絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatique の方嚮に変化を求めるように、文芸は印象を文章で現そうとする。衝動生活に這入って行くのが当り前である。衝動生活に這入って行・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫