・・・さては熊谷の石原にしるしの碑の立てりしもこの御神のためなるべし、ことさらにまいる人も多しとおぼゆるに、少しの路のまわりを厭いて見過ごさんもさすがなりと、大路を横に折れて、蝉の声々かしましき中を山の方へと進み入るに、少時して石の階数十級の上に・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・相手のたゝいて寄す歌が分ると、そのしるしに、こっちからも同じ調子で打ちかえしてやる。隣りはその間、自分のをやめて聞いているのだ。そして俺のが終ると、 ドン、ドン、ドン………………。 と打ってよこす。――これで二人の同志の意志が完全に・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・そんなに背延びしてはずるいと言い出すものがありもっと頭を平らにしてなどと言うものがあって、家じゅうのものがみんなで大騒ぎしながら、だれが何分延びたというしるしを鉛筆で柱の上に記しつけて置いた。だれの戯れから始まったともなく、もう幾つとなく細・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ これはただ金で父さんからもらったと考えずに、父さんがお前と一緒に働いているしるしと考えてください。くれぐれもこの金をお前の農家に送る父さんの心を忘れないでください。 くわしいことは、いずれ次郎が帰村の日に。太郎へ ちょ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・とその報告書にしるしてありますくらいで、地団駄踏んでくやしがった様が、その一句に依っても十分に察知できるのであります。その山椒魚は、その後どうなったか、私も実は、それほどの大きい山椒魚を一匹欲しいものだと思っているのでありますが、どうも、い・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・なんだか心細くなって、それでも勇気を鼓舞して、股引ありますか、と尋ねたら、あります、と即座に答えて持って来たものは、紺の木綿の股引には、ちがい無いけれども、股引の両外側に太く消防のしるしの赤線が縦にずんと引かれていました。流石にそれをはいて・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・マダムはお辞儀をしてから、青扇にかくすようにして大型の熨斗袋をそっと玄関の式台にのせ、おしるしに、とひくいがきっぱりした語調で言った。それからもいちどゆっくりお辞儀をしたのである。お辞儀をするときにもやはり片方の眉をあげて、下唇を噛んでいた・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ これはむしろ学究的の詮索に過ぎて、この句の真意には当たらないかもしれないが、こういう種類の考証も何かの参考ぐらいにはなるかもしれないと思って、これだけの事をしるしてみた。もし実際かの地方で、始終伊吹を見ている人たちの教えを受けることが・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・今回は紙数の制限もあるので以上の予備的概論にとどめ、ただ多少の見込みのありそうな一つの道を暗示するだけの意味でしるしたに過ぎない。従って意を尽くさない点のはなはだ多いのを遺憾とする。ともかくもかかる研究の対象としては火山の名が最も適当なもの・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・ 以上は単なるスペキュレーションに過ぎないが近来ますます盛んになった分子物理学上の諸問題と連関して種々興味ある研究題目を暗示する点において多少の意味があろうと思うので本誌の余白を借りて思いついたままをしるした次第である。 金属と油との境・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
出典:青空文庫