・・・しかし白い肉にも少しは区別があってやや黄を帯びているのは甘味が多うて青味を帯びているのは酸味が多い。○くだものと香 熱帯の菓物は熱帯臭くて、寒国の菓物は冷たい匂いがする。しかし菓物の香気として昔から特に賞するのは柑類である。殊にこの香ば・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・測量はたしかに面白い。地図を見るのも面白い。ぜんたいここらの田や畑でほんとうの反別になっている処がないと武田先生が云った。それだから仕事の予定も肥料の入れようも見当がつかないのだ。僕はもう少し習ったらうちの田をみんな一枚ずつ測って帳面に綴じ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱の内に揃っている。白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。「女はどうしても姙娠やお産で歯をわるくするのです。ところが働きながら歯医者へ通うことは時・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・膝のあたりを格別に拡げるのは、刈り入れの時、体躯のすわる身がまえの癖である。白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・Monet なんぞは同じ池に同じ水草の生えている処を何遍も書いていて、時候が違い、天気が違い、一日のうちでも朝夕の日当りの違うのを、人に味わせるから、一枚見るよりは較べて見る方が面白い。それは巧妙な芸術家の事である。同じモデルの写生を下手に・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・そこでこの面白い若者の傍を離れないことにした。若者の方でも女が人がよくて、優しくて、美しいので、お役人の所に連れて行って夫婦にして貰った。 ツァウォツキイはそれからも身持を変えない。ある時はどこかの見せ物小屋の前に立って客を呼んでいるこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 婦人は灸の方をちょっと見ると、「まア、兄さんは面白いことをなさるわね。」といっておいて、また急がしそうに、別れた愛人へ出す手紙を書き続けた。 女の子は灸の傍へ戻ると彼の頭を一つ叩いた。 灸は「ア痛ッ。」といった。 女の・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・「内には真白い間が一間ございますの。思って御覧あそばせ。壁が極く明るい色に塗ってありますものですから、どんな時でも日が少しばかりは、その壁に残っていないという事はございませんの。外は曇って鼠色の日になっていましても、壁には晴れた日の色が・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・岸との間には大きい白い磯波が巻き返している。いつのまにか薄穢ない老人と子供とが岸べに群がり立った。やがて、体のよい若者のそろった舟が最初に突き進んで来る。磯波は烈しく押し戻す。綱が投げられる。若者が波の間へ飛び込んで行く。舟は木の葉のように・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫