・・・細君が二人の子供を連れて、母子心中の死場所を探しに行ったこともあった。この細君が後年息を引き取る時、亭主の坂田に「あんたも将棋指しなら、あんまり阿呆な将棋さしなはんなや」と言い残した。「よっしゃ、判った」と坂田は発奮して、関根名人を指込むく・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・この骸骨が軍服を着けて、紐釦ばかりを光らせている所を見たら、覚えず胴震が出て心中で嘆息を漏した、「嗚呼戦争とは――これだ、これが即ち其姿だ」と。 相変らずの油照、手も顔も既うひりひりする。残少なの水も一滴残さず飲干して了った。渇いて渇い・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そして心中ひそかに不平でならぬのは志村の画必ずしも能く出来ていない時でも校長をはじめ衆人がこれを激賞し、自分の画は確かに上出来であっても、さまで賞めてくれ手のないことである。少年ながらも自分は人気というものを悪んでいた。 或日学校で生徒・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・『もしかあの女は遠からず死ぬるのじゃアあるまいか』という一念が電のように僕の心中最も暗き底に閃いたと思うと僕は思わず躍り上がりました。そして其所らを夢中で往きつ返りつ地を見つめたまま歩るいて『決してそんなことはない』『断じてない』と、魔・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・と思うのは、他の決定を可能にするような別の動機が当時の心中に存在していたことを知っているからだ。しかもそうしなかったのはさらにより強い動機がわれわれの態度を決定させたからだ。 この際より強い動機が決定させたということを強制ととるのは無意・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・l'amour et de la mort.D. H. Lawrence : Sons and lovers.Andr Gide : La porte troite.万葉集、竹取物語、近松心中物、朝顔日記、壺坂霊験記。樋口一・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・と、安心立命の一境地に立って心中に叫んだ。 ○ 天皇は学校に臨幸あらせられた。予定のごとく若崎の芸術をご覧あった。最後に至って若崎の鵞鳥は桶の水の中から現われた。残念にも雄の鵞鳥の頸は熔金のまわりが悪くて断れていた。・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・とその言葉通りに実に巧く振込みましたが、心中では気乗薄であったことも争えませんでした。すると今手にしていた竿を置くか置かぬかに、魚の中りか芥の中りかわからぬ中り、――大魚に大ゴミのような中りがあり、大ゴミに大魚のような中りがあるもので、そう・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 見ると東坡巾先生は瓢も玉盃も腰にして了って、懐中の紙入から弾機の無い西洋ナイフのような総真鍮製の物を取出して、刃を引出して真直にして少し戻すと手丈夫な真鍮の刀子になった。それを手にして堤下を少しうろついていたが、何か掘っていると思うと・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・もし死に、嫌悪し、哀弔すべきものがあるとすれば、それは、多くの不慮の死、覚悟なきの死、安心なき死、諸種の妄執・愛着をたちえぬことからする心中の憂悶や、病気や負傷よりする肉体の痛苦をともなう。いまやわたくしは、これらの条件以外の死をとぐべき運・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫