・・・ もう気の早い信徒たちが二百人ぐらい席について待っていました。笑い声が波のように聞えました。やっぱり今朝のパンフレットの話などが多かったのでしょう。 その式場を覆う灰色の帆布は、黒い樅の枝で縦横に区切られ、所々には黄や橙の石楠花の花・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ この宣伝書を読んでしまったときは、白状しますが、私たちはしばらくしんとしてしまったのです。どうも理論上この反対者の主張が勝っているように思われたのであります。それとて、私も、又トルコから来たその六人の信者たちも、ビジテリアンをやめ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・みんなはしんとなりました。「今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠のお皿です。お星さまは野原の露がキラキラ固まったようです。さて只今から幻燈会をやります。みなさんは瞬やくしゃみをしないで目をまんまろに開いて見ていて下さい。 それか・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・若い木霊はその幹に一本ずつすきとおる大きな耳をつけて木の中の音を聞きましたがどの樹もしんとして居りました。そこで「えいねぼう。おれが来たしるしだけつけて置こう。」と云いながら柏の木の下の枯れた草穂をつかんで四つだけ結び合いました。 ・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・頭も気も狭い信徒仲間の偏見と、日本の重い家族制度の絆と戦おうとする葉子を、作者は彼女の敗戦の中に同情深く観察しようとしている。人間の生活の足どりを外面的に批判しようとする俗人気質に葉子と共に作者も抵抗している。それらの点で作者の情熱ははっき・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・彼等は、勿論薄暗い左手の街路樹の下に、灯もなければ物音も立てず、しんと侘しげな小露店があることさえ殆ど心付かない。蛾のように、明るさに牽きつけられた者は、前方にいそぐ。どういう拍子か私の目を止めた外国人の貧しい露店は、そんな損な処にいる上、・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・特に、ここには、正面入口の中央に、大理石で、日本信徒発見記念のマリア像が在る。 空模様もよくなったので、私共は浦上へも行くことにした。浦上と云えば、静かな田舎であろうと思って居たところ、長崎の市の真中から電車で四十分ばかりの処だ。終点か・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 私共は左に花壇のある石段を登り、日本信徒発見記念のマリヤ像の立っている正面玄関の右手扉を云われた通りに押して見た。開かない。ぐるりと裏に廻ると別に入口があり、ここは易々と開いたが、司祭の控室らしく、白い祭服のかかっている衣裳棚などがあ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ どんな苦しい事に出会ったにしろ世の中を又は人を恨まず自分のする事だけをまじめにして行くと云うのは基督信徒にかぎらず大切な事だと思った。 それからいよいよ本式に化学と国語を見た。国語の柴田鳩翁の「道話一則」をよみ次の次の松下禅尼まで・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ 昼間は、多勢の人々の動作につれて、いつもみだされて居た家具調度の輪廓が、妙にくっきりとうき上って、しんと澱んだ深夜の空気の中に、かっきりとはめ込んだようにさえ見える。が、その静粛な明確さは決して魂のないものではない。 人々が寝室に・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
出典:青空文庫