・・・ 世帯を片づけついでに、古い箪笥の一棹も工面をするからどちらへか片附いたらと、体の可いまあ厄介払に、その話がありましたが、あの娘も全く縁附く気はございませず、親身といっては他になし、山の奥へでも一所にといいたい処を、それは遣繰の様子も知・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・もうちっと長生きをしていりゃ、そのうちにはおれが仕方を考えて思い知らせてやろうものを、ふしあわせだか、しあわせだか、二人ともなくなって、残ったのはおまえばかり。親身といってほかにはないから、そこでおいらが引き取って、これだけの女にしたのも、・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ あらア荒場の伯父さんだよって、母子が一所にそういって、小牛洗いはそこそこにさすが親身の挨拶は無造作なところに、云われないなつかしさが嬉しい、まア伯父さんこんな形では御挨拶も出来ない、どうぞまア足を洗って下さい、そういうより早く水を汲ん・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・実に親切な人だ。親身になって世話をしてくれる。私はお世話になったが、お世話を甘受しなかった事もあるから、事に由ると世話甲斐のない男だと思われてるかも知れぬがシカシ心中では常にお世話になった事を感謝しておる。故二葉亭に関する坪内君の厚情は実に・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・……お前の腹の子を大事に思えばこそ、誰も親身のもののいないこうした下宿なんかで、育てたくないと言ってるんじゃないか。それにお前なんかには、とてもひとりで赤んぼうなんか育てられやしないよ。赤んぼがいなくたって、このとおりじゃないか……」「・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・焼味噌の塩味香気と合したその辛味臭気は酒を下すにちょっとおもしろいおかしみがあった。 真鍮刀は土耳古帽氏にわたされた。一同はまたぶらぶらと笑語しながら堤上や堤下を歩いた。ふと土耳古帽氏は堤下の田の畔へ立寄って何か採った。皆々はそれを受け・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・たら、夫は平然と、昨夜のことを洗いざらいそのまま言うので、そのマダムも前から大谷とは他人の仲では無いらしく、とにかくそれは警察沙汰になって騒ぎが大きくなっても、つまらないし、かえさなければなりませんと親身に言って、お金はそのマダムがたてかえ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・たとい親身の兄弟でも、同じ屋根の下に住んで居れば、気まずい事も起るものだ、と二人とも口に出しては言わないが、そんなお互の遠慮が無言の裡に首肯せられて、私たちは同じ町内ではあったが、三町だけ離れて住む事にしたのである。それから三箇月経って、こ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・去年の秋、僕が蕎麦団子を食べて、チブスになって、ひどいわずらいをしたときに、あれほど親身の介抱を受けながら、その恩を何でわすれてしまうもんかね。」「そうか。そんなら一つお前さん、ゴム靴を一足工夫して呉れないか。形はどうでもいいんだよ。僕・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 少しばかりの金の事で、度々辛い目にも会っては居ても、親身の娘の病気となると、余計に、ふだん、欲しくない金も欲しくなった。 貧亡(しても、コンミッションで喜ばれるよりええと云って、空元気をつける栄蔵も、お節の心が今となって、しみ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫