・・・この謙吉さんという人は、母の次兄であった。長男の一彰さんという人は、予備校のどこかへ通っている十六の年、脚気になった。溺愛していた祖母、母の母が、金をもたせて熱海へ湯治にやった。明治のはじめ、官員の若様が金をもって熱海へ来たのであったから、・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・の「しわ」が深い谷間を作って走って居る。大抵は頽げた頭の後の方に、黄茶色の細い毛が少しばかり並んで居る。 歯のない口をしっかり結んで「へ」の字形にして居るので何だかべそを掻てる様に見える。耳のわれそうな声で話すが、自分は非常に耳が遠い。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 父は、十三日にねという私の挨拶には直ぐ答えず、口を大きくへの字形にして悲しそうな八の字に房毛の出た眉毛を顰めながら頭をゆるくふり動かした。これは父の特徴ある身振りの一つで、気の毒な話を聞いたとき、悲しいような心持になった時、よくやるの・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫