・・・それと共に四季折々の時候に従って俳諧的詩趣を覚えさせる野菜魚介の撰択に通暁している。それにもかかわらず私はもともと賤しい家業をした身体ですからと、万事に謙譲であって、いかほど家庭をよく修め男に満足と幸福を与えたからとて、露ほどもそれを己れの・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・現に博士論文と云うのを見ると存外細かな題目を捕えて、自分以外には興味もなければ知識もないような事項を穿鑿しているのが大分あるらしく思われます。ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総ての知識をもっ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・いやしくもこれらの事項について抜群の人物あれば、すなわちこれを賞してその抜群なるを表す。位階勲章の精神は、けだしここにあって存するものならん。 人間社会の事は千緒万端にして、ただ政治のみをもって組織すべきものに非ず。人の働もまた、千緒万・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・の皮下注射方もっとも適当にして、医師も常にこの方に依頼して一時の急に応ずといえども、その劇痛のよって来る所の原因を求めたらば、あるいは全身の貧血、神経の過敏をいたし、時候寒暑等の近因に誘われて、とみに神経痛を発したるものもあらん。全身の貧血・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・ 自分の前に座った此家の主婦が、あまりにいつ見ても年を喰わないのにびっくりした栄蔵は、一寸行きつまりながら、低いつぶやく様な声で、時候の挨拶、無沙汰の云い訳けをし、つけ加えてお君の詫までした。 主婦は、気軽に、お君の身のきまったよろ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
時候あたりだろうと云って居た宮部の加減は、よくなるどころか却って熱なども段々上り気味になって来た。 地体夏に弱い上に、此の間どうしたのか頭の工合を悪くして三日ほど床について居た揚句にたべたかつおの刺身がさわったのだと云・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・今の時候で見ると大変暑苦しいようであるがなかなか濃厚で面白い、但この作品で画家は極めて自然発生的に自身のもちものを出しているだけですが。今私はゴーリキイと知識人とのこと、又女のこと等面白い研究をかいています。 七月十六日 〔市ヶ谷刑・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ この決定に因んで、日本ペン倶楽部は日本独自の立場を持つものであるが、同時に、「文学と文学者達との間に決議された事項は文学を主軸として解釈さるべきであって、それに不必要にして余計な拡張解釈を加えることは誤りに陥り易い」こと、民間性が重ん・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・それは、私が其処に現れた時候と時間とによった。私は、顔の正面から日光に照りつけられては、半丁も楽に歩けないので、時に応じて日かげの側が選ばれるのであった。 溢れるような日光が硝子や招牌、旗などの上に漲っているのを一方に眺めながら、身は薄・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・的な婦人層の政治的な成熟の形となって完成されず哀れや蔕ぐされて落ちた如く、他方勤労的婦人の生活の声も組織されず、昭和十三年の婦人年表には、母子保護法実施とならんで婦人の坑内労働復活という二つの矛盾した事項が肩をならべて記載されることとなった・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
出典:青空文庫