・・・この山と地質は同じです。ただ北側なため雑木が少しはよく育ってます。〕いいや駄目だ。おしまいのことを云ったのは結局混雑させただけだ。云わないでおけばよかった。それでもあの崖はほんとうの嫩い緑や、灰いろの芽や、樺の木の青やずいぶん立派だ。佐藤箴・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・アイルランド生れの物理学者であったジョン・チンダルは地質学者ではなかったが、数十年をへた今日でも、このアルプスを愛し氷河に興味をもった物理学者の観察の記述は精細さで比類すくないものとされている。面白さ、科学性と人間性の清潔な美しさにおいても・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・太平洋に面した海岸の巖石が、地質の関係で、亀甲形や菊皿のような形に一面並んでいる、先に南洋の檳榔樹、蘭科植物などが繁茂した小島が在る。その巖の特殊な現象と、その小島に限って南洋植物が生育しているのとが、青島を著名にしているのだが、私共は大し・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・それのみか、一年の時を経た昨今、彼らは呆然自失から立ちなおり、きわめて速力を出して、この佝僂病が人間性の上にのこされているうちに、まだわたしたちの精神が十分強壮、暢達なものと恢復しきらないうちに、その歪みを正常化するような社会事情を準備し、・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・同時に、この期間は、呆然自失していた旧権力がおのれをとり戻し、そろそろ周囲を見まわして、自分がつかまって再び立ち上る手づるは何処にあるかという実体を発見した時期でもあった。資本の利害と打算は国際的であって、ファシズムの粉砕、世界の永続的な平・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ 空襲をうけた日本の土地土地の地質が変化した。やけたあとの土に庭木は育たなくなった。そのかわり、猛烈な雑草の繁殖力があらわれた。ひとの背たけの倍ほどもある鬼蓼が昔、森鴎外の住んでいた観潮楼のやけあとにも生えた。 一九四六年一月から、・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・なかったドイツの運動の段階においてはさけがたいものであったろう或る種の制約をうけていたことを、手紙の多くの箇所に、特に彼女がゲーテの自然科学を研究した観念論者らしい態度に賛同し、自分も環境を無視して今地質の本をよんでいると書いているところで・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
・・・ロシアの歴史的なアナーキストであり、地質学者でもある公爵ピョートル・クロポトキンが一九〇一年に、ボストン市で「ロシア文学の理想と現実」という講演をやったことがあった。そのときクロポトキンは、ツルゲーネフの諸作品の重要なモティーヴが殆ど皆恋愛・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・一九四五年の暮頃、彼を先頭とする特権者の一群は一種の茫然自失状態にありました。彼らの自信はくずれていた。ところが一九四六年の下半期になると、吉田は記者会見で日本に対する占領政策が自分もだんだん納得できるものになってきたと語った。そして今はど・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・長年耕された土地でさえも肥料の入るわりに良い結果は表れない様な地質である、その上に耕すのも、ならすのも、収獲するにも、工業的の機械を用うる事はなく、鍬、鋤、鎌などが彼等唯一の用具であくまでもそれを保守して、新らしい機械などには見向きもしない・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫