・・・そういうものの存在はもちろん仮定であろうが、それを出発点として成立した物理学の学説は畢竟比較的少数の仮定から論理的演繹によって「観測されうる事象」を「説明」する系統である。この目的が達せられうる程度によって学説の相対的価値が定まる。この目的・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・ 吾人が外界の事象を理解し系統化するための道具として、いわゆる認識の形式の一つとして「時」を見なす事には多くの科学者も異論はないであろうが、それだけでは「時」の観念の内容については何事も説明されない。近ごろベルグソンが出て来て、カントや・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・それがそうではない証拠にはちゃんと眼前の事象が存在している。すなわち事象は決してめちゃくちゃには起こっていない。ただわれわれがまだその方則を把握し記載し説明し得ないだけである。 私が宅の洗面所で日常に当面する物理学上の諸問題はまだこのほ・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・たとえば幕が落ちる途中でちょっと一時何かに引っかかったが、すぐに自然にはずれて首尾よく落ちる、その時の幕の形や運動の模様だとか、また式辞を朗読する老紳士の白髪の一束が風に逆立つ光景とか、そういう零細な事象までがことごとくこくめいに記録される・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・というような言葉は、日本人にとっては決して単なる気象学上の術語ではなくて、それぞれ莫大な空間と時間との間に広がる無限の事象とそれにつながる人間の肉体ならびに精神の活動の種々相を極度に圧縮し、煎じ詰めたエッセンスである。またそれらの言葉を耳に・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・世界の人間が全滅しても天然の事象はそのままに存在すると仮定する。これがすべての物理的科学の基礎となる第一の出発点であるからである。この意味ですべての科学者は幼稚な実在派である。科学者でも外界の実在を疑おうと思えば疑われぬ事はないが多くの物理・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
同一の事象に対する科学的の見方と芸術的の見方との分れる点はどこにあるだろう。 科学も芸術もその資料とするものは同一である。それを取扱う人間も同じ人間である。どちらも畢竟は人間の「創作」したものである。人間の感官の窓を通・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
科学の方則は物質界における複雑な事象の中に認められる普遍的な連絡を簡単な言葉で総括したものである。事実の言い表わしであって権利も義務も訓戒も含まれていない。しかし今ここで方則の定義や法律と方則との区別などを喋々しようとは思・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・うのはただありのままを衒わないで真率に書くというのが厭味のない描写としての好所であるのであるが、そのありのままを衒わないで真率に書くところを芸術的に見ないで道義的に批判したらやはり正直という言葉を同じ事象に対して用いられるのだからして、芸術・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・主語となって述語とならないといっても、それは自証するものではない。哲学の対象は自己自身を自証するもの、対象なき対象でなければならない。カントが形而上学として排斥したのは、推論によって外に実在を求める形而上学である。そこでは哲学は科学に堕する・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫