・・・全体的に見て、今日の新聞そのものの性質が、明治初年の天下の公器としての自由性を失われているのであるから、現象的にニュースの断片を注ぎ込まれ、物価騰貴とその末葉のやりくりを知らされても、事象の本源までは新聞では迚も分らなくなって来ている。・・・ 宮本百合子 「女性の教養と新聞」
・・・生れなかった自由民権時代の婦人の社会的覚醒への希望の本質は、むしろこの流れのうちに発展され、うけつがれるべきであったが、日本の社会の歴史の全く独特な襞の深さは、常に歴史のテムポを極度に圧縮し、あらゆる事象の発達の前後の関係に無理を生じさせて・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・臼杵から先、中津の自性寺を見、福岡の友でも訪ねるか、いずれにせよ、軽少の財嚢に準じて謙遜な望みしか抱いていなかった。臼杵の、日向灘を展望する奇麗な公園からK氏の別荘へぶらぶら帰る時であった。Y、「どうする? やはり中津へ廻る?」「――ふうむ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・列車妨害で一人の共産党員と自称する男がつかまったと報じられた。これはデマとして大した利用価値はなかったようだ。 下山事件は二週間たった今日やっと自殺説が表面に出されてきている。この事件で検事局が警視庁の捜査本部へ殺人の方向で進めてくれと・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・を描くと自称する多くの作家を持っている。しかし彼らもまた常識的な粗雑な眼をもって見た「自然」以上に何ものも知らないではないか。彼らはただ「多くの場合」「多くの出来事」「多くの人間」を知っている。あるいは外景、室内、容貌、表情などに関する詳細・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫