・・・よしやあなたが主、御自身であっても、わたくしを元へお帰しなさる事はお出来になりますまい。神様でも、鳥よ虫になれとは仰しゃる事が出来ますまい。先へその鳥の命をお断ちになってからでも、そう仰しゃる事は出来ますまい。わたくしを生きながら元の道へお・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・しかし、子供の教育は必ずしも母親自身の学問の程度に関るものではない。それに学問がないから虐めることが出来ないなどというのは、如何にも可怪しな言葉である。私は何も博士の家庭に立入って批評しようとするものではないけれども、若しこれが本当の母であ・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・あるいは地震でもな……気をつけましょう。」と、先生は、しきりに騒ぐ鳥を見ながらいいました。 はたして、その夜、この町に大火が起こりました。そして、ほとんど、町の大半は全滅して、また負傷した人がたくさんありました。 この騒ぎに、あほう・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・いまは、もはや、どんなに大きな風が吹いても倒れはしないという自信がもてるようになりました。「野原の一本松。」 空をゆく雲や、頭の上を飛ぶ小鳥たちが、それを認めたばかりでない。ここを通る百姓もそういって呼べば、村の子供たちもみんな・・・ 小川未明 「曠野」
・・・ 吉坊は、学校で走りっこをすると、選手にもそんなに負けないので、走ることにかけては自信を持っていました。「自転車さえなければ、いいんだがなあ。」と、吉坊は、考えていました。 けれど、家に帰ると、やはり、清ちゃんや、徳ちゃんたちが・・・ 小川未明 「父親と自転車」
・・・「二年ばかり前に大地震があって、そのとき、この町はつぶれてしまいました。」と、その人はいいました。「どこへみんないってしまったのですか。」と、宝石商は、昔の繁華な姿を目に思いうかべてたずねました。「みんなちりぢりになってしまった・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・ 女は自身の胸を突いた。なぜだか、いそいそと嬉しそうであった。「ええ」「とても痩せてはりますもの。それに、肩のとこなんか、やるせないくらい、ほっそりしてなさるもの。さっきお湯で見たとき、すぐ胸がお悪いねんやなあと思いましたわ」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・高校生に憧れて簡単にものにされる女たちを内心さげすんでいたが、しかし最後の三日目もやはり自信のなさで体が震えていた。唄ってくれと言われて、紅燃ゆる丘の花と校歌をうたったのだが、ふと母親のことを頭に泛べると涙がこぼれた。学資の工面に追われてい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・角という大駒一枚落しても、大丈夫勝つ自信を持っていた坂田が、平手で二局とも惨敗したのである。 坂田の名文句として伝わる言葉に「銀が泣いている」というのがある。悪手として妙な所へ打たれた銀という駒銀が、進むに進めず、引くに引かれず、ああ悪・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「大阪の芸者衆にはかなわんわ」と言われて、わずかに心が慰まった。 二日そうして経ち、午頃、ごおッーと妙な音がして来た途端に、激しく揺れ出した。「地震や」「地震や」同時に声が出て、蝶子は襖に掴まったことは掴まったが、いきなり腰を抜かし、キ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫