・・・──百姓をすると又、地子が高いの、取った米の値が安すぎるのとブツ/\こぼすであろう。 蛇の皮をはいだり、蛙を踏みつぶして、腹ワタを出したりするのは、一向、平気なものだ。一体百姓は、そんなことは平気でやる。、それくらいの惨酷さは、いくらで・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・ が、人々は却って皮肉に、「お前んとこにゃ、なんぼかこれが(と拇指と示指とで円あるやら分らんのに、何で、一人息子を奉公やかいに出したりすらあ! 学校へやったんじゃが、うまいこと嘘をつかあ、……まあ、お前んとこの子供はえらいせに、旦那・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・杜氏は人のいゝ笑いを浮べて、「親方は別に説明してやることはいらんと怒りよったが、なんでも、地子のことでごた/\しとるらしいぜ。」「どういう具合になっとるんです?」 健二は顔を前に突き出した。――今年は不作だったので地子を負けて貰おう・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ お里は、よく物を見てから借りて来たのであろう反物を、再び彼の枕頭に拡げて縞柄を見たり、示指と拇指で布地をたしかめたりした。彼女は、彼の助言を得てから、何れにかはっきり買うものをきめようと思っているらしかった。しかし、清吉にはどういう物・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・太宰治様侍史。」 月日。「おハガキありがとう。元旦号には是非お願いいたします。おひまがありましたら十枚以上を書いていただきたい。小泉君と先般逢ったが、相変らず元気、あの男の野性的親愛は、実に暖くて良い。あの男をもっと偉くしたい。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・中條百合子 富澤有為男様 侍史 一九二七年八月十九日〔京都市上京区小山堀池町一八 湯浅芳子宛 新町より〕 十九日午前十一時 もやあさん もう今頃は、万象館で、借浴衣におさまって居る時分でしょう・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・と今一人の船頭が言って、左の臂をつと伸べて、一度拳を開いて見せ、ついで示指を竪てて見せた。この男は佐渡の二郎で六貫文につけたのである。「横着者奴」と宮崎が叫んで立ちかかれば、「出し抜こうとしたのはおぬしじゃ」と佐渡が身構えをする。二艘の・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫