・・・同時に第二回プロ美術展から第三回が開かれるまでの一年間、われ等のプロレタリア美術家は毎日の争闘を芸術活動においてどう行って来たか、例えば戦旗、ナップ、その他に掲載された時事、政治漫画を、時間順に並べて、又一年の業績を見なおさして呉れるのも決・・・ 宮本百合子 「プロレタリア美術展を観る」
・・・ 八月七日の時事新聞に「渡米選手晴れの壮行会」の写真が出ていた。ひとめ見て、何となしはっとした。村山主将が立ってマイクの前であいさつしている。左側に古橋、橋爪その他の選手たちが並んでかけているのだが、その五人はいっせいに頭を下げ視線をお・・・ 宮本百合子 「ボン・ボヤージ!」
・・・自分は毎朝、食後、時事新報の広告欄を見る。時には、「嫁入度」などと云う活字の下を、驚と、好奇心と相半ばした心持で読みなどし乍ら、「貸家、赤坂見附近」と云うような文字でも見つかると、心をあつめて、間数や家賃を読むのである。 始め、片町を見・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・太田は祖父伝左衛門が加藤清正に仕えていた。忠広が封を除かれたとき、伝左衛門とその子の源左衛門とが流浪した。小十郎は源左衛門の二男で児小姓に召し出された者である。百五十石取っていた。殉死の先登はこの人で、三月十七日に春日寺で切腹した。十八歳で・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・なんだか六十ぐらいになった爺いさん婆あさんのようじゃありませんか。一体百年も逢わないようだと初めに云っておいて、また古い話をするなんとおっしゃるのが妙ですね。貴夫人。なぜ。男。なぜって妙ですよ。女の方が何かをひどく古い事のように言う・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・と云うのは、秋三の祖父が、血統の不浄な貧しい勘次の父の請いを拒絶した所、勘次の母は自ら応じてその家へ走ったことから始まった。祖父の死後秋三の父は莫大な家産を蕩尽して出奔した。それに引き換え、勘次の父は村会を圧する程隆盛になって来た。そこで勘・・・ 横光利一 「南北」
・・・王子はその首の骨を取り返すために宮廷に行き、祖父の王の千人の妃の首を切って母妃の仇を討ったのち、母妃の首の骨を見つけ出して来た。それによって美しい妃の蘇りが成功する。この蘇った妃と、その首なきむくろに哺まれた王子と、父の王と、それが厳島の神・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫