・・・四月十五日過、二十日過、Yの或る仕事のきりがつく見込みがついたら、私共は遂に自制力を失った。仕様がない、何処から旅費が出るのよ、と困りつつ、嬉しさ一杯で私達が神戸迄の切符を買ってしまった。紅丸で別府へ行った。ここは予測の通り余り気に入らず、・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ ものは方便、金がもの云う時世に生れて、変におかたいことを云うのは、馬鹿の骨頂だ。 何とか彼とか理窟をつけて、溜めたくないようなふりをしている者のお仲間入りをしていられるものか。何と云われたってかまわずドシドシ溜れば、それでいいのだ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 明け暮れのたつきは小役人として過しており、芸術に向う心では釣月軒として自分と周囲の生活とを眺めている宗房の目に映る寛永年代の江戸は、家光の治世で、貿易のことがはじまり、大名旗本の経済は一面の逸遊の風潮とともに益々逼迫しつつあった。米価・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・批判の精神の無私な努力だけが、世紀の諸相の示している歴史の制約と各自が属している社会層の限界との間にある相互的な矛盾や対立を自身のものとして作家に自省せしめるものであるし、文学作品そのものの形象的な統一のあらわれのうちにその矛盾や対立を克服・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
・・・ それぞれの生産部門の特殊性というものは、意味ふかい自省を求めていると思う。出版・印刷の全組合員が、悪出版に抵抗して、組織ある発言をするとき、闇出版屋の横暴が何の痛痒も感じないということはあり得ない。出版・印刷関係の勤労者は、もっともっ・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・な作用で存在し得るためには、少くとも批判の精神と規準とが、或る場合その芸術家の主観をも超えて鞭うち、観察自省せしめ、引き上げるだけの勇気ある誠実な客観性を具えていなければならない。主観に甘えた批評の態度が創作の芸術価値を低下させる実例を、伊・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・の中で、ゴーリキイは自制した悲しみをもってこの頃を追懐している。「彼等の中の誰も私のところに、仕事場に来てくれるものはなく、私は一昼夜十四時間も仕事をしているので、普通の日にはデレンコフの所へ行くことが出来なかった。休みの日には或は眠り、或・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・わたし達は、自分達が真に勤勉であり、進歩の実現に対して真実の努力を傾けつつあるか、ということについては、鋭い自省をもたなければならないと思う。可能性があるとき、それを実質のある現実のものとする努力を怠れば、それはもう私たち各自が、自分を責め・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
・・・ときは現在家庭にいる女の生活がやはり現在職業についている女のひとの生活と全く同じ土台に立ってたたかわれて行かなければならないという事実が、何となしその感情から失われていることを、私たちはもっとまじめに自省していいのだと思う。家庭へ入れば、そ・・・ 宮本百合子 「若い母親」
・・・ 私たち女は女でなくては書けないような非常識な文章があり得るということについてまじめに自省しなければなるまいと思う。台所のことは男に分らないといったのは昔のことで、この頃の一般家庭の良人や父親は幼児の粉ミルクのために、一束の干うどんのた・・・ 宮本百合子 「私の感想」
出典:青空文庫