・・・――二人は、各々、自説を固守して、極力論駁を試みた。 すると、老功な山崎が、両説とも、至極道理がある。が、まず、一応、銀を用いて見て、それでも坊主共が欲しがるようだったら、その後に、真鍮を用いても、遅くはあるまい。と云う折衷説を持出した・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・泰さんはその上自説も主張しないで、油断なくあたりに気をくばりながら、まるで新蔵の身をかばうように、夏羽織の肩を摺り合せて、ゆっくり、お島婆さんの家の前を通りすぎました。通りすぎながら、二人が尻眼に容子を窺うと、ただふだんと変っているのは、例・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 農繁の時節にわざわざ集まってくださってありがたく思います。しかし今日はぜひ諸君に聞いていただかねばならぬ用事があったことですから悪しからず許してください。 私がこの農場を何とか処分するとのことは新聞にも出たから、諸君もどう・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・朝ごとに河面は霧が濃くなってうす寒くさえ思われる時節となりましたので、気の早い一人の燕がもう帰ろうと言いだすと、他のもそうだと言うのでそろそろ南に向かって旅立ちを始めました。 ただやさしい形の葦となかのよくなった燕は帰ろうとはいたしませ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・私がもし第一の芸術家にでもなりきりうる時節が来たならば、この縷説は鶏肋にも値せぬものとして屑籠にでも投じ終わろう。 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・が紅の霞はその時節にここを通る鰯売鯖売も誰知らないものはない。 深秘な山には、谷を隔てて、見えつつ近づくべからざる巨木名花があると聞く。……いずれ、佐保姫の妙なる袖の影であろう。 花の蜃気楼だ、海市である……雲井桜と、その霞を称えて・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 辻の、この辺で、月の中空に雲を渡る婦の幻を見たと思う、屋根の上から、城の大手の森をかけて、一面にどんよりと曇った中に、一筋真白な雲の靡くのは、やがて銀河になる時節も近い。……視むれば、幼い時のその光景を目前に見るようでもあるし、また夢・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――十一月初旬で――松蕈はもとより、しめじの類にも時節はちと寒過ぎる。……そこへ出盛る蕈らしいから、霜を越すという意味か、それともこの蕈が生えると霜が降る……霜を起すと言うのかと、その時、考うる隙もあらせず、「旦那さんどうですね。」とその魚・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「また、あのお祭りの時節になった。ほんとうに月日のたつのは早いものだ。」と、お母さんはいわれました。 あや子はある日のこと、学校の帰り途に、その小さなお寺の境内にはいってみました。するとそこには、いろいろの店が出ていました。そして、・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・早く暖かになって、そして、花の咲く時節になったならばと思っています。どうか、早く歩いてください。」と、柳の木は申しました。 太陽は、にこやかに、うなずきながら柳の木のいうことを聞いていました。そして、どちらのいうことが、正しいとも、正し・・・ 小川未明 「煙突と柳」
出典:青空文庫