・・・ 生まれてはじめて見た人形芝居一夕のアドヴェンチュアのあとでのこれらの感想のくどくどしい言葉は、結局十歳の亀さんや、試写会における児童の端的で明晰なリマークに及ばざることはなはだ遠いようである。文楽や歌舞伎に精通した一部の読者の叱責ある・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ これに処する根本的対策としては小学校教育ならびに家庭教育において児童の感受性ゆたかなる頭脳に、鮮明なるしかも持続性ある印象として火災に関する最重要な心得の一般を固定させるよりほかに道はないように思われる。 現在の小学校教育の教程中・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
理科教授につき教師の最も注意してほしいと思うことは児童の研究的態度を養成することである。与えられた知識を覚えるだけではその効は極めて少ない。今日大学の専門の学生でさえ講義ばかり当てにして自分から進んで研究しようという気風が・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・オリジナルは児童用の粗末な藁紙ノートブックに当時丸善で売っていた舶来の青黒インキで書いたものだそうであるが、それが変色してセピアがかった墨色になっている。その原稿と色や感じのよく似た雁皮鳥の子紙に印刷したものを一枚一枚左側ページに貼付してそ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・自分などは、往来でけたたましい自動車の警笛を聞いても存外それが右だか左だかということさえわからないことがあるのに、あの小さな蚊は即座に音源の所在を精確に探知し、そうして即座に方向舵をあやつってねらいたがわずまっしぐらにそのほうへ飛来するので・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・こういう考え方はしかし決して改札の駅員を侮辱するものではないので、すべての人間はある度まではある場合のある環境のもとにはやはり一種の自動人形としてしか働いていないからである。すべてのいわゆるプロフェッションはそうした環境をわれわれに供給する・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・そこへ重い荷物を積んだ自動荷車が来かかって、その一つの車輪をこの煉瓦に乗り上げた。煉瓦はちょうど落雁か何かで出来てでもいるようにぼろぼろに砕けてしまった。 この瞬間に、私の頭の中には「煉瓦が砕けるだろうか、砕けないだろうか」という疑問と・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・六年のとき、私達の学校を代表して、私と林は「郡連合小学児童学芸大会」にでたことがある。郡の小学校が何十か集って、代表児童たちが得意の算盤とか、書き方とか、唱歌とか、お話とかをして、一番よく出来た学校へ郡視学というえらい役人から褒状が渡される・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・父親は云う事を聴かないと、家を追出して古井戸の柳へ縛りつけるぞと怒鳴って、爛たる児童の天真を損う事をば顧みなかった。ああ、恐しい幼少の記念。十歳を越えて猶、夜中一人で、厠に行く事の出来なかったのは、その時代に育てられた人の児の、敢て私ばかり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・両親が児童に対するの態度である。世人はそう思うておるまい。写生文家自身もそう思うておるまい。しかし解剖すればついにここに帰着してしまう。 小供はよく泣くものである。小供の泣くたびに泣く親は気違である。親と小供とは立場が違う。同じ平面に立・・・ 夏目漱石 「写生文」
出典:青空文庫