・・・そういう情勢であるからこそ、いわばかつて個人的な作家的自負で立っていた時代のプロレタリア作家が、心理的支柱を見失って転落する必然があるのであろうか。 それにしろ、日本のインテリゲンチアが特殊な歴史的重荷をもっていることは争えない事実であ・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・そして「高等な学術を研究している自分の方こそ断然弓子に勝っているものと今まで自負していたのだが、允子はたちまち奈落に墜落したような気持になった。」実に執拗に意識されている作者の勝敗感と、「女は男あっての女で」あるというこの作者の動かぬ婦人観・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・が、男とのいきさつの痴情的な結末は、いわゆる士族という特権的な身分を自負する女性も酌婦に転落しなければならない社会であり、しかもその中で自分の運命を積極的に展開する能力をもたなくて、僅に勝気なお力であるに止り、遂に人の刃に命を落す物語が書か・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・みすみす大家に損をしろというようなことはなり立たないという厚生省のいわれたのは、大家にとって慈父の言であろうが、厘毛をあらそう小商人さえ配給員となって、三十五円、四十円の月給とりで国策にそおうという今日、家主も国家的任務を自覚させてもらうこ・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・見分が済んで、鵜殿吉之丞から西丸目附松本助之丞へ、酒井家留守居庄野慈父右衛門から酒井家目附へ、酒井家から用番大久保加賀守忠真へ届けた。 十五日卯の下刻に、水野采女の指図で、庄野へ九郎右衛門等三人を引き渡された。前晩酉の刻から、九郎右衛門・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・勉強を強うる教師は学生の自負と悦楽を奪略するものである。寄席にあるべき時間に字書をさし付けらるるは「自己」を侮辱されたと認めてよい。かくして朝寝に耽り学校を牢獄と見る。「自己」を救うために学校を飛び出す。友は騒ぎ母は泣く。保証人はまっかにな・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫