・・・或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴でつついて居る。 暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒いた。人間より遙かに敏い瞳と、本能を持った彼等が、幾何、一面の苔の間に落ちたとは云え、自分等の好む、餌の・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・稚いといっても小説は地味に大体このような組立てで書かれていってよいものだと思う。〔一九四八年六月〕 宮本百合子 「稚いが地味でよい」
・・・手近で、集団的な生活に小さい愉しみをもたらす手段ともなるのであるから、地味な気質の勤労青年たちがカメラにひかれるわけも分る。午ごろ、お濠ばたを通りかかると一時間の休み時間を金のかからない外気の中で過そうとするあの辺の諸官庁会社の、主として若・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・ 機械的な仕事に没頭している操縦士が、この北極飛行のような滋味ゆたかな報告を書いたということが、先ず、私たちに何かの感想をおこさせるのである。訳者も云っておられるようにヴォドピヤーノフという人が、凡庸の才でないと云うのは確であろう。だが・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
・・・色の蒼い、長い顔で、髪は刈ってからだいぶ日が立っているらしい。地味な縞の、鈍い、薄青い色の勝った何やらの単物に袴を着けて、少し前屈みになって据わっている。徹夜をした人の目のように、軽い充血の痕の見えている目は、余り周囲の物を見ようともせずに・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・形が地味で、心の気高い、本も少しは読むという娘はないかと思ってみても、あいにくそういう向きの女子は一人もない。どれもどれも平凡きわまった女子ばかりである。 あちこち迷った末に、翁の選択はとうとう手近い川添の娘に落ちた。川添家は同じ清武村・・・ 森鴎外 「安井夫人」
わたくしは歌のことはよくわからず、広く読んでいるわけでもないが、岡麓先生のお作にはかねがね敬服している。誠に滋味の豊かな歌で、くり返して味わうほど味が出てくるように思う。中でも最も敬服する点は、先生が、目立って巧みな言い回しとか、人を・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・そういう季節が、紅葉と新緑とから最も距たっていて、そうして最も落ちついた、地味な美しさのある時である。昔の人はちょうどそのころに年の始めを祝ったのであった。 和辻哲郎 「京の四季」
・・・ここに著者の風物記の滋味が存すると思う。 もちろん著者が顕著に個人主義的傾向を持つことは覆い難い。日本の文化や日本人の特性が批判せられるに当たって最も目につくことは個人の自覚の不足が指摘せられている点である。この不足のゆえに公共生活の訓・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・特に藤村が全力を集注して書いた数篇の長篇は、くり返して読むに価する滋味に富んだものである。またくり返して読ませるだけの力を持った作品である。 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫