・・・ 病気でもしてるかしらん やせて床にねたきりの可哀そうな様子もその先の悲しい事まで想像して涙さえこぼして居たけれ共、きく人はだれもなかったんで不安心な日をじめじめと暮して居た。 娘に会わなくなってから十日ほどたって仙二は又お婆・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 桜が咲きかけて居るのに、晩秋の様な日光を見て居ると、何となくじめじめした沈んだ気になる。 暖かなので開け放した部屋が急にガランとして見えて、母が居ない家中は、どことなし気が落ちつかない。火がないので、真黒にむさくるしいストーブを見・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・或時は、俄に山巓を曇らせて降り注ぐ驟雨に洗われ、或時はじめじめと陰鬱な細雨に濡れて、夏の光輝は何時となく自然の情景の裡から消去ったようにさえ見えます。瑞々しい森林は緑に鈍い茶褐色を加え、雲の金色の輪廓は、冷たい灰色に換ります。そして朝から晩・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・人生建設を全く予想していないような暗い、じめじめした「未亡人」という名で呼ばれるとは――と。現実は誠実であり虚飾がない。今日の現実はあまり大勢あふれている未亡人たちを、もう昔の未亡人型に押しはめておききれなくなっている。それらの若い、孤独な・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ 自分がこんな影の多い人間になったのは大変病身だったのでいつでも父母をはなれて祖母の隠居部屋で草艸紙ばっかり見て育ったのとじめじめした様な倉住居がそうしたのだとも云った。「よく伯父が云いますけど、青白い頸の細い児が本虫のついた古い双・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・を奪われたのか、犬はその後には目もくれずにじめじめした土間を嗅ぎ廻る。 この急に持ち上った騒動に坐って居るものは立ち上り、ねころんで居た者は体を起した。一番年上の男の子は、いきなり炉から燃えさしの木の大きな根っこを持ちあげるがいなや声も・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ あの暗くてじめじめした塚穴に入れられるのかと思いますと―― 死ぬ、その時になっても私は、「生きたい」と申すでございましょうきっと。私はちっとも無理な事ではないと存じます。法王 まだ若いからじゃ。 世の中に死ぬより恐ろしい悲・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・これらのことが心理的な陰の力となって、現今プロレタリア文学作品と称されるものの中に、階級の方向と人間性とを切り離して、しかも主観的に、対立的にじめじめと描く一つの傾向を導き出しているのである。さほど遠い過去でないある時期には、プロレタリア作・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・暑くはないが、じめじめとした空気が顔に当る。 女中は湯帷子に襷を肉に食い入るように掛けて、戸を一枚一枚戸袋に繰り入れている。額には汗がにじんで、それに乱れた髪の毛がこびり附いている。「ははあ、きょうも運動すると暑くなる日だな」と思う・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・中陰の翌日からじめじめとした雨になって、五月闇の空が晴れずにいるのである。 障子はあけ放してあっても、蒸し暑くて風がない。そのくせ燭台の火はゆらめいている。螢が一匹庭の木立ちを縫って通り過ぎた。 一座を見渡した主人が口を開いた。「夜・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫