・・・千日前から法善寺境内にはいると、そこはまるで地面がずり落ちたような薄暗さで、献納提灯や灯明の明りが寝呆けたように揺れていた。境内を出ると、貸席が軒を並べている芝居裏の横丁だった。何か胸に痛いような薄暗さと思われた。前方に光が眩しく横に流れて・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 表門の石の敷居をまたいで一歩はいると、なにか地面がずり落ちたような気がする。敷居のせいかも知れない。あるいは、われわれが法善寺の魔法のマントに吸いこまれたその瞬間の、錯覚であるかも知れない。夜ならば、千日前界隈の明るさからいきなり変っ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・頓て其蒼いのも朦朧となって了った…… どうも変さな、何でも伏臥になって居るらしいのだがな、眼に遮ぎるものと云っては、唯掌大の地面ばかり。小草が数本に、その一本を伝わって倒に這降りる蟻に、去年の枯草のこれが筐とも見える芥一摘みほど――・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その女の子は地面へ叩きつけられる。次の子も手を出す。その手も引っ張られる。倒された子は起きあがって、また列の後ろへつく。 見ているとこうであった。男の児が手を引っ張る力加滅に変化がつく。女の子の方ではその強弱をおっかなびっくりに期待する・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ そしてこちらの自分は月のような位置からその自分を眺めている。地面はなにか玻璃を張ったような透明で、自分は軽い眩暈を感じる。「あれはどこへ歩いてゆくのだろう」と漠とした不安が自分に起りはじめた。…… 路に沿うた竹藪の前の小溝へは・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・それも字面には別に義があるのではない。また、水に落つる声を骨董という。それもコトンと落ちる響を骨董の字音を仮りて現わしたまでで、字面に何の義もあるのではない。畢竟骨董はいずれも文字国の支那の文字であるが、文字の義からの文字ではなく、言語の音・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・妖術幻術というはただ字面の通りである。しかし支那流の妖術幻術、印度流の幻師の法を伝えた痕跡はむしろ少い。小角や浄蔵などの奇蹟は妖術幻術の中には算していないで、神通道力というように取扱い来っている。小角は道士羽客の流にも大日本史などでは扱われ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・そして目の下に見える低い地面を見下した。そこには軌道が二筋ずつ四つか五つか並べて敷いてある。丁度そこへ町の方からがたがたどうどうと音をさせて列車が這入って来る処である。また岸の処には鉄の鎖に繋がれて大きな鉄の船が掛かっている。この船は自分の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・、どしんとずりおちる、あわてて外へとび出すはずみに、今の大工場がどどんとすさまじい音をたてて、まるつぶれにたおれて、ぐるり一ぱいにもうもうと土烟が立ち上る、附近の空地へにげようとしてかけ出したものの、地面がぐらぐらうごくので足がはこばれない・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そのうちに、小さな一ぴきの魚が、半煮えになって、ひょこりと、地面へはね上りました。魚はもうあつくて/\たまらないので、土にふれると、すぐにもとの王女になりました。王子は大よろこびで、そばへかけつけて「どうです、とうとう三晩ともちゃんとつ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
出典:青空文庫