・・・ 私はその邪気のなさそうな顔を見て、なるほど毒なぞはいっているまいと思った。 そして、眼を閉じて、ぷんと異様な臭いのする盃を唇へもって行き、一息にぐっと流し込んだ。急にふらふらっと眩暈がした咄嗟に、こんな夫婦と隣り合ったとは、なんと・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ かけて――学生のくせに、と椅子の不足しているとき兄を睨む気軽さ愛らしさは、そのものとして天上的に邪気がなくても、今日の空気の何かを学生には感じさせるのではないだろうか。ちょいと気のつよい兄さんは、その妹に向ってこんなしっぺいがえしもするの・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・ぎれに人の形になった時には、白帆はもう見えずに汽船の煙が御婆さんの帯の色をして棚引き御台場はすっかり青く、私の居るところにはうすいかげが出来る…… こんな変りの多い、大きい、とりすましたような又不邪気な海の中に自分もとけ込んだように波が・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・単なる插話という以上の子供と大人の生活のいきさつが圧縮されて出ているので、こまかに事柄を追ってみれば、ここに叱る母の無理なさ、つい鋏でジョキジョキやってしまった子供の邪気なさ、その家ではその頃子供に切りぬき絵を買ってやることに心づかないでい・・・ 宮本百合子 「「保姆」の印象」
出典:青空文庫