「――鱧あみだ仏、はも仏と唱うれば、鮒らく世界に生れ、鯒へ鯒へと請ぜられ……仏と雑魚して居べし。されば……干鯛貝らいし、真経には、蛸とくあのく鱈――」 ……時節柄を弁えるがいい。蕎麦は二銭さがっても、このせち辛さは、明日・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・実は――前年一度この温泉に宿った時、やっぱり朝のうち、……その時は町の方を歩行いて、通りの煮染屋の戸口に、手拭を頸に菅笠を被った……このあたり浜から出る女の魚売が、天秤を下した処に行きかかって、鮮しい雑魚に添えて、つまといった形で、おなじこ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・の裏が痛くなるほど川ん中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしたけれども、とうとう一尾も釣れずに家へ帰ると、サア怒られた怒られた、こん畜生こん畜生と百ばかりも怒鳴られて、香魚や山やまめは釣れないにしても雑魚位釣れない奴があるものか、大方遊んで・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・また川向うの斎藤だって、いまこそあんな大地主で威張りかえっているけれども、三代前には、川に流れている柴を拾い、それを削って串を作り、川からとった雑魚をその串にさして焼いて、一文とか二文とかで売ってもうけたものなんだ。また、大池さんの家なんか・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 大井川の水涸れ/\にして蛇籠に草離々たる、越すに越されざりし「朝貌日記」何とかの段は更なり、雲助とかの肩によって渡る御侍、磧に錫杖立てて歌よむ行脚など廻り燈籠のように眼前に浮ぶ心地せらる。街道の並木の松さすがに昔の名残を止むれども道脇・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・これは畢竟量を見るに急なために質を見る目がくらむのであり、雑魚を数えて呑舟の魚を取りのがすのである。またおもしろいことには、物理学上における画期的の理論でも、ほとんど皆その出発点は質的な「思いつき」である。近代の相対性理論にしても、量子力学・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・「発破かけだら、雑魚撒かせ。」嘉助が河原の砂っぱの上で、ぴょんぴょんはねながら高く叫びました。 みんなはとった魚を石で囲んで、小さな生け州をこしらえて、生きかえってももう逃げて行かないようにして、また上流のさいかちの木へのぼりはじめ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・「発破かけだら、雑魚撒かせ。」三郎が、河原の砂っぱの上で、ぴょんぴょんはねながら、高く叫んだ。 ぼくらは、とった魚を、石で囲んで、小さな生洲をこしらえて、生き返っても、もう遁げて行かないようにして、また石取りをはじめた。ほんとうに暑・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・ 一月ほど日が立つ間には、川で雑魚をすくって居る娘も見たし野原の木の下で小さくて美くしい本によみふけって居るのも見たけれ共、娘が一人で居れば居るほどその傍を通る時は知らず知らずの間に早足にいそいで居るのだった。 雨のしとしとと降って・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 酒匂河の蛇籠に入れる石をひろいに来て居る老人だの小供だのの影が、ポツリポツリと見える。 病人でもなくて、遊びに来るものはめったにない。 それだけ静かである。 自然で、俗気のみじんもない、どうとも云われずどっしりと人にせまっ・・・ 宮本百合子 「冬の海」
出典:青空文庫