・・・群集から少し離れた前面を二列に並んだ鳥の縦隊が歩調をそろえて進行するところがある。鳥はどういう気でなんのためにああいう事をやっているのか人間にはやはりわからない。 この映画を見た晩に宅へ帰って夕刊を見ると早慶三回戦だかのグラウンドの写真・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・男子はアダム以前の丸裸、婦人は浴衣の紐帯であったと思う。海岸に売店一つなく、太平洋の真中から吹いて来る無垢の潮風がいきなり松林に吹き込んでこぼれ落ちる針葉の雨に山蟻を驚かせていた。 明治三十五年の夏の末頃逗子鎌倉へ遊びに行ったときのスケ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・しあわせな事には世の中では論理的の証明はわりに要求されないで、オーソリティの証言が代用されそのおかげで物事が渋滞なく進捗するのであろう。 自画像をかきながら思うようにかけない苦しまぎれに、ずいぶんいろんな事を考えたものである。それを・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・世話人があまりおおぜいであるために事務はかえって渋滞する場合もある。そして最後にはやはり酒が出なければ収まらない。 ある豪家の老人が死んだ葬式の晩に、ある男は十二分の酒を飲んで帰る途中の田んぼ道で、連れの男の首玉にかじりついて、今夜ぐら・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・眠られぬままにいろいろな事を考えた中にも、N先生が病気重態という報知を受けて見舞いに行った時の事を思い出した。あの時に江戸川の大曲の花屋へ寄って求めたのがやはりベコニアであった。紙で包んだ花鉢をだいじにぶら下げて車にも乗らず早稲田まで持って・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ 向うの方から大勢の群集が不規則な縦隊を作って進んで来る。だんだん近づくのを見ると、行列の真先には牛や馬や驢馬や豚や鶏が来る。その後から人間の群がついて来る。四角な板に大きな文字で何かしら書いたのを旗のように押し立てている人もある。大き・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・此時子規は余程の重体で、手紙の文句も頗る悲酸であったから、情誼上何か認めてやりたいとは思ったものの、こちらも遊んで居る身分ではなし、そう面白い種をあさってあるく様な閑日月もなかったから、つい其儘にして居るうちに子規は死んで仕舞った。 筺・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・した宿屋と宿屋との軒のあわいを、乗合自動車がすれすれに通るのであるから、太い木綿縞のドテラの上に小さい丸髷の後姿で、横から見ると、ドテラになってもなおその襟に大輪の黄菊をつけている一群は、あわてて一列縦隊をつくり、宿屋の店先へすりついて、の・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・宮本顕治が一九四〇年に結核のために重態になったが、幸い、回復できた。この年の夏チブスにかかり、再びなおることができた。太平洋戦争第三年目で真珠湾の幻想は現実によってくずされはじめていた。日本の支配権力は戦争反対者に対する弾圧をますま・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・疑問は、ラジオ一つを通じてさえ今日の生産活動の渋滞の本質を知りたい願いとなって来るのである。 今年は九月下旬から十月初旬にかけて日本西部が深刻な風水害をうけた。山陽本線は一ヵ月も故障したのであった。義弟が原子爆弾の犠牲となったため田舎へ・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
出典:青空文庫