・・・ けれども、それ等の、長い眼、大きな心から見れば確に例外、悲しむべき除外例とすべき一事件に対して、周囲が、何等かの意味に於て同様の不安に苦しめられている時、批評、噂する態度は、非常に常軌を逸して来る。 先ず、ト胸を打たれて忽ち冷静を・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・ 彼が赧くなると、マダム・ブーキンも一寸上気しながら、大仰に吐息をついた。「私、出来ることなら切角来て下すったんですもの、家へ幾日でもいていただきたいと思いますわ。どんなにまた仕合せにおなりになるまで、傍にいて慰めてお上げしたいでし・・・ 宮本百合子 「街」
・・・という迄に常軌を逸したのであった。 日本の外へ出て見ると、内にいた間には見えなかった日本が見えるのは当然である。漱石なども、ロンドンに行って後、非常に鮮明に、日本の文化的伝統とヨーロッパの文化的伝統との相異を、その社会的歴史の背景の前に・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・群集は今しも売買に上気て大騒ぎをやっている。牝牛を買いたく思う百姓は去って見たり来て見たり、容易に決心する事ができないで、絶えず欺されはしないかと惑いつ懼れつ、売り手の目ばかりながめてはそいつのごまかしと家畜のいかさまとを見いだそうとしてい・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・しかしそれにもやはり分業があって、蒸汽機関の火を焚かせられるかも知れないと思うと、enthousiasme の夢が醒めてしまう。 木村は為事が一つ片附いたので、その一括の書類を机の向うに押し遣って、高い山からまた一括の書類を卸した。初の・・・ 森鴎外 「あそび」
石田小介が少佐参謀になって小倉に着任したのは六月二十四日であった。 徳山と門司との間を交通している蒸汽船から上がったのが午前三時である。地方の軍隊は送迎がなかなか手厚いことを知っていたから、石田はその頃の通常礼装という・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・湖を渡る蒸気船が学校のすぐ横の桟橋から朝夕出ていったり、這入って来たりするたびに、汽笛が鳴った。ここの学校に私は一ヶ月もいると、すぐ同じ街の西の端にある学校へ変った。家がまた新しく変ったからであるが、この第二の学校のすぐ横には疏水が流れてい・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・そうしてこの尊敬する父から上記のごとき手紙を受け取ったのである。 父はその青春時代の情操を頼山陽などの文章によって養われた。すなわち維新の原動力となった尊皇の情熱を、維新の当時に吹き込まれた。言いかえれば、政治の実権を武士階級の手に奪わ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・ 人類の運命はやっと常軌に返る。 その先駆としての露国革命はきわめて拙く行った。しかし、露国の革命には五十年の歳月が必要だと言われているくらいだから、今の無知無恥な混乱も露国としてはやむを得ないかもしれぬ。同じ革命がドイツや英国に起・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫