・・・ 上記のごとき自由な気持で読んでくれる読者とちがって自分の一番恐縮するのは小中学の先生で、教科書に採録された拙文に関して詳細な説明を求められる方々である。「常山の花」と題する小品の中にある「相撲取草」とは邦語の学名で何に当るかという・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・これと並行してまたエンコウ(河童と相撲を取ってのされたという話もある。上記のシバテンはまた夜釣りの人の魚籠の中味を盗むこともあるので、とにかく天使とはだいぶ格式が違うが、しかし山野の間に人間の形をした非人間がいて、それが人間に相撲をいどむと・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・東京に住まわれるようになってから、ある時期の間は、ずいぶん頻繁に先生のお宅へ押しかけて行って先生のピアノの伴奏で自己流の演奏、しかもファースト・ポジションばかりの名曲弾奏を試みたのであったが、これには上記のような古い因縁があったのである。・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・そういう事を頭においてだんだんに上記のいろいろの弦楽器の名前をローマ字書きに直して平面的あるいは立体的に並列させてみるとこれらはほとんど連続的な一つの系列を作る。これはたぶん偶然であるかもしれない。しかし万一そうでないかもしれない。かりに偶・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ もしも自然というものが地球上どこでも同じ相貌を呈しているものとしたら、日本の自然も外国の自然も同じであるはずであって、従って上記のごとき問題の内容吟味は不必要であるが、しかし実際には自然の相貌が至るところむしろ驚くべき多様多彩の変化を・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかし、よく考えてみると、某年某月某日某所で行なわれた某の銅像除幕式を他のある日ある場所で行なわれた他の除幕式と明白に弁別しようとするときに最も著しき目標となるものは何であるかというと、かえって上記のごとき零細些末な現象が意外にも重大な役目・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・自分がそもそも最初に深川の方面へ出掛けて行ったのもやはりこの汐留の石橋の下から出発する小な石油の蒸汽船に乗ったのであるが、それすら今では既に既に消滅してしまった時代の逸話となった。 銀座と銀座の界隈とはこれから先も一日一日と変って行くで・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・車は賃銭の高いばかりか何年間とも知れず永代橋の橋普請で、近所の往来は竹矢来で狭められ、小石や砂利で車の通れぬほど荒らされていた処から、誰れも彼れも、皆汐溜から出て三十間堀の堀割を通って来る小さな石油の蒸汽船、もしくは、南八丁堀の河岸縁に、「・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・次には、浚渫船で蒸汽を上げるのに、ウント放り込んだ石炭が、そのまま熔けたような濃い烟になって、私の鼻っ面を掠めた。 それは、総て健康な、清々しい情景であり、且つ「朝」の溌溂さを持っていた。 船体の動揺の刹那まで、私の足の踝にジャック・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 労働者たちは、その船を動かす蒸汽のようなものだ。片っ端から使い「捨て」られる。 暗い、暑い、息詰る、臭い、ムズムズする、悪ガスと、黴菌に充ちた、水夫室だった。 病人は、彼のベッドから転げ落ちた。 彼は「酔っ払って」いた。・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫