・・・此時子規は余程の重体で、手紙の文句も頗る悲酸であったから、情誼上何か認めてやりたいとは思ったものの、こちらも遊んで居る身分ではなし、そう面白い種をあさってあるく様な閑日月もなかったから、つい其儘にして居るうちに子規は死んで仕舞った。 筺・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・主実主義を卑んじて二神教を奉じ、善は悪に勝つものとの当推量を定規として世の現象を説んとす。是れ教法の提灯持のみ、小説めいた説教のみ。豈に呼で真の小説となすにたらんや。さはいえ摸写々々とばかりにて如何なるものと論定めておかざれば、此方にも胡乱・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・『万葉』の作者が歌を作るは用語に制限あるにあらず、趣向に定規あるにあらず、あらゆる語を用いて趣向を詠みたるものすなわち『万葉』なり。曙覧が新言語を用い新趣味を詠じ毫も古格旧例に拘泥せざりしは、なかなかに『万葉』の精神を得たるものにして、『古・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ぼくは杭を借りて来て定規をあてて播いた。種子が間隔を正しくまっすぐになった時はうれしかった。いまに芽を出せばその通り青く見えるんだ。学校の田のなかにはきっとひばりの巣が三つ四つある。実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがると・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 宇宙の真、美が、すべて直線で定規で引いた様には出来て居ない。 ――○―― 自分の専門以外の事について、あまり明らからしい批評的な又、断定的な言葉を放つものではない。 大抵の時には、悪い結果のみを多く得るもの・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・そして氏の好みは、過去からの時代性をニュアンスとして持ち、現代の時代性の一面の投影をうけ余り遠く古来の人情、情誼、拳で払う男の涙の領域から勇飛していない。氏のこの感情のありようと現代の或る小市民の感傷とは互に絡みあって最近の尾崎氏の作品に、・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・口の中には沢山のバチルスをもっているというようなことは子供の時から教えられて居る、そういうスローガンが衛生教育の一つの定規になっている位だ。 * 共産青年団員は握手はしない。ピオニェルも握手しない。それで先ず・・・ 宮本百合子 「ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て」
・・・そういうスローガンが衛生教育の一つの定規になっている位だ。 青年共産主義同盟員は握手はしない。ピオニェールも握手しない。それで先ず第一に来ることは、恋愛の自由ということでも、家庭における婦人の地位の向上ということでも、要するに生産関係が・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・に、燦然と輝きながら、千年の地下の眠りから呼び覚まされたアフロジテの像に、静かな表情でコンパスと定規をあてて「……私は切に知りたいのですから……」と云った人の姿が尊く浮み上った。ほんとに、舌を持つほどの者は、「知りたいのです」という・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・有ったと見えて永久に苦しみのない静かな水の底に柔い藻に抱かれてしまったのだろう、秋のつめたい水の中も情ない人の世よりはあたたかいと思ったと見える……人なみよりも勝れて美くしい人は命が短いと云う昔からの定規に彼の人ももれなかった」 殿はさ・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫