・・・ 婆さんはさも疑わしそうに、じろじろ相手の顔を見ました。「お前さんは占い者だろう?」 日本人は腕を組んだまま、婆さんの顔を睨み返しました。「そうです」「じゃ私の用なぞは、聞かなくてもわかっているじゃないか? 私も一つお前・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・が、時々蔑むようにじろじろ彼の顔を見ながら、一々彼をきめつけて行った。洋一はとうとうかっとなって、そこにあったトランプを掴むが早いか、いきなり兄の顔へ叩きつけた。トランプは兄の横顔に中って、一面にあたりへ散乱した。――と思うと兄の手が、ぴし・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・においの高い巻煙草を啣えながら、じろじろ私たちの方を窺っていたのと、ぴったり視線が出会いました。私はその浅黒い顔に何か不快な特色を見てとったので、咄嗟に眼を反らせながらまた眼鏡をとり上げて、見るともなく向うの桟敷を見ますと、三浦の細君のいる・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 晩酌の膳についてからも、牧野はまだ忌々しそうに、じろじろ犬を眺めていた。「前にもこのくらいなやつを飼っていたじゃないか?」「ええ、あれもやっぱり白犬でしたわ。」「そう云えばお前があの犬と、何でも別れないと云い出したのにゃ、・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・彼がそのそばをじろじろ見やりながら通って行っても、誰一人振り向いて彼に注意するような子供はなかった。彼はそれで少し救われたような心持ちになって、草履の爪さきを、上皮だけ播水でうんだ堅い道に突っかけ突っかけ先を急いだ。 子供たちの群れから・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・の女の足袋は、だふついて汚れていた……赤ら顔の片目眇で、その眇の方をト上へ向けて渋のついた薄毛の円髷を斜向に、頤を引曲げるようにして、嫁御が俯向けの島田からはじめて、室内を白目沢山で、虻の飛ぶように、じろじろと飛廻しにみまわしていたのが、肥・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 氏子は呆れもしない顔して、これは買いもせず、貰いもしないで、隣の木の実に小遣を出して、枝を蔓を提げるのを、じろじろと流眄して、世に伯楽なし矣、とソレ青天井を向いて、えへらえへらと嘲笑う…… その笑が、日南に居て、蜘蛛の巣の影になる・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・を饒舌って、時々じろじろと下目に見越すのが、田舎漢だと侮るなと言う態度の、それが明かに窓から見透く。郵便局員貴下、御心安かれ、受取人の立田織次も、同国の平民である。 さて、局の石段を下りると、広々とした四辻に立った。「さあ、何処へ行・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ すると髪の毛の伸びた、顔色の黒い、目の落ちくぼんだ子供は、じろじろとみんなの顔を見まわしました。「私は、けっして、うそをつきません。山にいて、いろいろほかの人間のできないことを修業しました。ほんとうに、みなさんが赤い鳥が呼んでほし・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ おばあさんは、じろじろと少女のようすを見て、孤児にしては、あまりきれいで、どことなく上品なので、なんらかふに落ちないように小くびを傾けていました。「そう、おまえさんのように、やすやすときめていいものですか……。」と、怒り声を出して・・・ 小川未明 「海からきた使い」
出典:青空文庫