・・・仲居さんは、あの人が財布の中のお金を取り出すのに、不自然なほど手間が掛るので、諦めてぺたりと坐りこんで、煙草すら吸いかねまい恰好で、だらしなく火鉢に手を掛け、じろじろ私の方を見るのだった。何という不作法な仲居さんだろうか、と私はぷいと横をむ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 日本人のようでない、皮膚の色が少し黒みがかった男が不熱心に道具を運んで来て、時どきじろじろと観客の方を見た。ぞんざいで、おもしろく思えなかった。それが済むと怪しげな名前の印度人が不作法なフロックコートを着て出て来た。何かわからない言葉・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・と村長は微笑を帯びて細川の顔をじろじろ見ながら言った。彼は細川が梅子に人知れず思を焦がしていることを観破ていたのである。「私には解せんなア」と校長は嘆息を吐いた。「解せるじゃアないか、大津が黒田のお玉さんと結婚しただろう、富岡先生少・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・と石井翁はじろじろ河田翁の様子を見ながら聞いた。そして腹の中で、「なるほど相変わらずだな」と思った。「イヤとてもお話にもなんにも……」とやっぱり頭をかいていたがポケットから鹿皮のまっ黒になった煙草入れとひしゃげた鉈豆煙管とを取り出した。・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・あの顔と較べて、いつも、じろじろ気を配って歩かなければならない罪人のような俺の境遇はどうだ! 彼れらは、銭を持っていることがいらない。仕事を失う心配がない。食うものも着るものも必要なだけ購買組合からあてがわれる。俺らは、ただ金を取るため・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・それが怪しげな眼つきをしてじろじろと白眼みでもすると厭である。また船が出た後であっては間抜けている。そして小母さんに自分などは来なくてもいいのにと思われると何だかきまりが悪い。こう思って決心がつかない。しばらくぼんやりと立って、その伯父さん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そして、はげしいしぶきの中に、のこりとすわって、店先に下っている肉のかたまりを、じろじろ見上げていました。どこかのやどなし犬でしょう。肉屋もこれまで見たこともないきたならしい犬でした。骨ぐみは小さくもありませんが、どうしたのか、ひどくやせほ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 古谷君は懐手して、私の飲むのをじろじろ見て、そうして私の着物の品評をはじめた。「相変らず、いい下着を着ているな。しかし君は、わざと下着の見えるような着附けをしているけれども、それは邪道だぜ。」 その下着は、故郷のお婆さんのおさ・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・彼はまぶしそうに額へたくさんの皺をよせて、私の姿をじろじろ眺め、やがて、まっ白い歯をむきだして笑った。笑いは私をいらだたせた。「おかしいか。」「おかしい。」彼は言った。「海を渡って来たろう。」「うん。」私は滝口からもくもく湧いて・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・店にいて往来人をじろじろながめる人たちの顔つき目つきがどこかやはりちがう。なんとなくゲットーのような趣もある。周囲がみんななまけて金を使っている中でこの横町の人たちだけは懸命で働いて金をもうけているのである。 このへんで道をきくと「これ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫