・・・ ――――――――――――――――――――――――― 十分ほど前、何小二は仲間の騎兵と一しょに、味方の陣地から川一つ隔てた、小さな村の方へ偵察に行く途中、黄いろくなりかけた高粱の畑の中で、突然一隊の日本騎兵と遭遇・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・それから、監察御史や起居舎人知制誥を経て、とんとん拍子に中書門下平章事になりましたが、讒を受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州へ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤を雪ぐ事が出来たおかげでまた召還・・・ 芥川竜之介 「黄粱夢」
・・・ 何時間かの後、この歩兵陣地の上には、もう彼我の砲弾が、凄まじい唸りを飛ばせていた。目の前に聳えた松樹山の山腹にも、李家屯の我海軍砲は、幾たびか黄色い土煙を揚げた。その土煙の舞い上る合間に、薄紫の光が迸るのも、昼だけに、一層悲壮だった。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・敵の大将は身を躱すと、一散に陣地へ逃げこもうとした。保吉はそれへ追いすがった。と思うと石に躓いたのか、仰向けにそこへ転んでしまった。同時にまた勇ましい空想も石鹸玉のように消えてしまった。もう彼は光栄に満ちた一瞬間前の地雷火ではない。顔は一面・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 半分かしげた首で、すぐうなずいたが、急にぱっと眼を輝かせると、「あッ、高射砲陣地、想い出しましたわ。あなたは……」 彼女は「妻を娶らば才たけて、みめ美わしく情けあり、友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱……」という歌を歌・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・知性は冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成されているかということは恐らく人知の意表に出るようなことがありはしない・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・そして、ソヴェート同盟の国境にむかっての陣地を拡げた。これは、もう、人の知る通りである。 ところで、それ以前、約二週間中隊は、支那部落で、獲物をねらう禿鷹のように宿営をつゞけていた。 その間、兵士達は、意識的に、戦争を忘れてケロリと・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・気の毒だけれども誰も人智の有限と無限とを智慧の上から推して断定のできるものはまず無さそうだ。そのくらいの事だからまず動物と植物の区別さえろくにはつかないのサ。それから生物と死物との区別だッてろくに付けることの出来るものはまず無いのサ。生物の・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・完璧の瞞着の陣地も、今は破れかけた。死ぬ時が来た、と思った。私は三月中旬、ひとりで鎌倉へ行った。昭和十年である。私は鎌倉の山で縊死を企てた。 やはり鎌倉の、海に飛び込んで騒ぎを起してから、五年目の事である。私は泳げるので、海で死ぬのは、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・重大のこと 知ることは、最上のものにあらず。人智には限りありて、上は――氏より、下は――氏にいたるまで、すべて似たりよったりのものと知るべし。 重大のことは、ちからであろう。ミケランジェロは、そんなことをせずともよい豊か・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫