・・・松平春岳挙げて和歌の師とす、推奨最つとむ。しかれども赤貧洗うがごとく常に陋屋の中に住んで世と容れず。古書堆裏独破几に凭りて古を稽え道を楽む。詠歌のごときはもとよりその専攻せしところに非ざるべきも、胸中の不平は他に漏らすの方なく、凝りて三十一・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・橋守に問えば水晶巌なりと答う。 水晶のいはほに蔦の錦かな 南条より横にはいれば村社の祭礼なりとて家ごとに行燈を掛け発句地口など様々に書き散らす。若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞いつ踊・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ またその桔梗いろの冷たい天盤には金剛石の劈開片や青宝玉の尖った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水晶のかけらまでごく精巧のピンセットできちんとひろわれきれいにちりばめられそれはめいめい勝手に呼吸し勝手にぷりぷりふるえました。・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・変てこな鼠いろのマントを着て水晶かガラスか、とにかくきれいなすきとおった沓をはいていました。それに顔と云ったら、まるで熟した苹果のよう殊に眼はまん円でまっくろなのでした。一向語が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。「外国人だ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶の珠数をかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈っているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ その水晶の笛のような声に、嘉十は目をつぶってふるえあがりました。右から二ばん目の鹿が、俄かにとびあがって、それからからだを波のようにうねらせながら、みんなの間を縫ってはせまわり、たびたび太陽の方にあたまをさげました。それからじぶんのと・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・ その晩は銀映座で、本の包を膝の上に置きながら、私は、目を瞠って、ロンドンの水晶宮焔上の光景を観た。 数年前の夏の夜、その水晶宮に花火祭があって、私は小さい妹をつれて、それを見物した。そのガラスづくりの巨大な建物が、銀幕の上で燃えと・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ 芥川龍之介が、漱石に推賞されたのは「鼻」という歴史的な題材による作品であった。「羅生門」「地獄変」「戯作三昧」その他、芥川龍之介の作品には歴史的な人物を主人公としたり、古い物語のなかに描かれている人物をかりた作品が多い。 大体・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 趙樹理の作品の紹介も、日本の文化・文学の現実ときりはなされて、民主主義文学の最もかがやかしい典型であるかのように一部から推奨されている。文学サークルの一部に共産主義の文学は寓話になってゆくものだ、という考えかたも導き出されている。・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・有益な本、考えさせる点の多い本と推奨された。あんな事実の切れ端を盛ったものでさえ、今の私たちが世界の実情を知りたいと思っている心の飢渇に対しては、何ものかであるかのように思えた、それほど私たちは何も知らない状態におかれているのだという今日の・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
出典:青空文庫