・・・一箇の釜は飯が既に炊けたので、炊事軍曹が大きな声を挙げて、部下を叱して、集まる兵士にしきりに飯の分配をやっている。けれどこの三箇の釜はとうていこの多数の兵士に夕飯を分配することができぬので、その大部分は白米を飯盒にもらって、各自に飯を作るべ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・裏の炊事場の土間の片すみにこしらえた板の間に手機が一台置いてあった。母がそれに腰をかけて「ちゃんちゃんちゃきちゃん」というこれもまた四拍子の拍音を立てながら織っている姿がぼんやりした夢のような記憶に残ってはいるが、自分が少し大きくなってから・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の株で組み立てられた竈の飯釜の下からは楽しげな炊煙がなびいている。小屋の中の片側には数日分の薪材に付近の灌木林から伐り集めた小枝大枝が小ぎ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・宿の二階から毎日見下ろして御なじみの蚕種検査の先生達は舳の方の炊事場の横へ陣どって大将らしき鬚の白いのが法帖様のものを広げて一行と話している。やっと出帆したのが十二時半頃。甲板はどうも風が寒い。艫の処を見ると定さんが旗竿へもたれて浜の方を見・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・病室では炊事割烹は無論菓子さえ禁じられている。まして時ならぬ今時分何しに大根おろしを拵えよう。これはきっと別の音が大根おろしのように自分に聞えるのにきまっていると、すぐ心の裡で覚ったようなものの、さてそれならはたしてどこからどうして出るのだ・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・共同炊事や托児所や診療施設など。若い農村の女性こそ青年たちと力を合わせ、新しい農村は生活を建設してゆく輝きでなければならないと思う。 宮本百合子 「新しき大地」
・・・ここには炊事場、フロ場、洗濯場、裁縫場などがあります。 炊事当番の少年少女が、太って大きい炊事がかりの小母さんの手伝いをしてアルミの鉢を洗っている。小母さんは、漏れ手で元気に働いている子供たちを示しながら、「どうです? ソヴェトのピ・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ 古貨車を利用してこしらえた農業労働者のキャンプのわきには、炊事車が湯気を立てている最中だ。 婦人労働者の派手な桃色のスカートが、炎天のキャンプの入口にヒラヒラしている。彼女は日やけした小手をかざして、眩しい耕地の果、麦輸送の「エレ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・級以上の人達の中にもこの全く自然なキャムプ生活を楽む人が年々殖えると聞きます、あちらでは避暑としてのキャムプ生活は男女学生に限らずあらゆる階級を通じて全く家庭的の避暑法となっていますが、キャムプ生活に炊事が楽しい仕事の一つであるだけに、何等・・・ 宮本百合子 「女学生だけの天幕生活」
・・・托児所はキット一人の小児科医と数人の姆母さんと炊事掃除がかりとで構成されている。 連れて来た赤坊たちは、まず第一の室ですっかり着ているものをぬがされ、互にまだ性別のない体をあどけなく眺めあいながら、体重を計られ、検温され、やがてすっかり・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
出典:青空文庫