・・・ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりに・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ウィスキーはポケット用のビンではこわれるから大さわぎして水筒を買いそれに入れかえて送りました。隆治さんから十九日に電報が来て、 イロイロノゴハイリヨアリガタクウケマシタゲンキニシユツパツ とありそれを見たら涙が浮びました。有難くうけ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・簡便に行わるべき書籍の出納場が、あんなに高い、絵にある閻魔の大机のようなのなどは寧ろ愉快な滑稽だ。閲覧室内を監督するようにと云う意味もあるのだろうが。 この書籍館書目について、私の面白いと思ったことは、編輯ぶり――書籍整理の方法が、ちっ・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・わたし水筒もって行くわ、と云って出かけた若い婦人の方もあったでしょうし、あああなた、こっちの靴下の方がうまくついであるわ、足にまめが出来ないように、ね、と、さっぱり洗いたての靴下をはかせてあげた奥さんもありましたろう。 つとめのある方は・・・ 宮本百合子 「メーデーと婦人の生活」
・・・しかし本来の性質上その英国に於てさえ慈善心の発動にはいかに技巧的な絶間ない刺戟が必要かと云う例をレッツ出版の事務用出納簿が明かに示した。そこで彼らは五十余頁にわたる類別商店会案内の後でいきなり痛切な活字の叫びに捉えられるだろう。 ――助・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・金銭出納細目帳のようにまで書かれている。 徳川の政府はたびたび贅沢禁止の命令を発したが、命令は実行されなかった。それは当然であったと思う。社会的に最も身分の低いものとされ、斬り捨て御免の立場に置かれ、しかも経済の中枢では権力者の咽喉元を・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・男は脚絆に草鞋がけ、各自に重そうな荷と水筒を負い、塵と汗とにまびれている。女の数はごく少く、それも髪を乱し、裾をからげ、年齢に拘らず平時の嬌態などはさらりと忘れた真剣さである。武装を調えた第三十五連隊の歩兵、大きな電線の束と道具袋を肩にかけ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・自分の扶持米で立ててゆく暮らしは、おりおり足らぬことがあるにしても、たいてい出納が合っている。手いっぱいの生活である。しかるにそこに満足を覚えたことはほとんどない。常は幸いとも不幸とも感ぜずに過ごしている。しかし心の奥には、こうして暮らして・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫