・・・ 四月も末近く、紫木蓮の花弁の居住いが何となくだらしがなくなると同時にはじめ目立たなかった青葉の方が次第に威勢がよくなって来るとその隣の赤椿の朝々の落花の数が多くなり、蘇枋の花房の枝の先に若葉がちょぼちょぼと散点して見え出す。すると霧島・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・例えば『永代蔵』では前記の金餅糖の製法、蘇枋染で本紅染を模する法、弱った鯛を活かす法などがあり、『織留』には懐炉灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除けの方法など、『胸算用』には日蝕で暦を験すこと、油の凍結を防ぐ法など、『桜陰比事』には地下水脈験・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 運慶は頭に小さい烏帽子のようなものを乗せて、素袍だか何だかわからない大きな袖を背中で括っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・そのたんびに蒼い波が遠くの向うで、蘇枋の色に沸き返る。すると船は凄じい音を立ててその跡を追かけて行く。けれども決して追つかない。 ある時自分は、船の男を捕まえて聞いて見た。「この船は西へ行くんですか」 船の男は怪訝な顔をして、し・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・「揺れる樹々」につづいて「聴きわけられぬ跫音」そのほか「崖の上」「白霧」「蘇芳の花」「苔」などという小題をもって。 当時日本にはもう初期の無産階級運動が盛であったし、無産階級の芸術運動もおこっていた。解放運動の全線にわたって、アナーキズ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・ 青い実のついている梅 かさだけ時代もので、胴がよせもののとうろう、 つつじ 杉、しゃぼてんの鉢 ――○―― かた木の庭木 大名竹 槇 周防の花 下ぬりのまま五六年たった壁。 床の間に紫檀の台、・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・長女藤姫は松平周防守忠弘の奥方になっている。二女竹姫はのちに有吉頼母英長の妻になる人である。弟には忠利が三斎の三男に生まれたので、四男中務大輔立孝、五男刑部興孝、六男長岡式部寄之の三人がある。妹には稲葉一通に嫁した多羅姫、烏丸中納言光賢に嫁・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それから周防国宮市に二日いて、室積を経て、岩国の錦帯橋へ出た。そこを三日捜して、舟で安芸国宮島へ渡った。広島に八日いて、備後国に入り、尾の道、鞆に十七日、福山に二日いた。それから備前国岡山を経て、九郎右衛門の見舞旁姫路に立ち寄った。 宇・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫