・・・ 夏目さんは好く人を歓迎する人だったと思う。空トボケた態度などを人に見せる人ではなかった。それに話が非常に上手で、というのは自分も話し客にも談ぜさせることに実に妙を得た人だった。元来私は談話中に駄洒落を混ぜるのが大嫌いである。私は夏目さ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・あの会合は本尊が私設外務大臣で、双方が探り合いのダンマリのようなもんだったから、結局が百日鬘と青隈の公卿悪の目を剥く睨合いの見得で幕となったので、見物人はイイ気持に看惚れただけでよほどな看功者でなければドッチが上手か下手か解らなかった。あア・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・あの行衛知れずになった犬というはポインターとブルテリヤの醜い処を搗交ぜたような下等雑種であって、『平凡』にある通りに誰の目にも余り見っとも好くない厭な犬であった。『平凡』では棄てられてクンクン鳴いていた犬の子を拾って育て上げたように書いてあ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、項を反せて一番近い村をさして歩き出した。 女房は真っ直に村役場に這入って行ってこう云った。「あの、どうぞわたくしを縛って下さいまし、わたくしは決闘を致しまして、人を一人殺しました・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 担架は調子好く揺れて行く。それがまた寝せ付られるようで快い。今眼が覚めたかと思うと、また生体を失う。繃帯をしてから傷の痛も止んで、何とも云えぬ愉快に節々も緩むよう。「止まれ、卸せ! 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けた・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・彼は少し酒の気の廻っていた処なので、坐ったなり元気好く声をかけた。「否もうこゝで結構です。一寸そこまで散歩に来たものですからな。……それで何ですかな、家が定まりましたでしょうな? もう定まったでしょうな?」「……さあ、実は何です、そ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・世の多くの人たちがあれを好くのは、自分たちが世間にもまれて失っている純情をあの作を読むと回復するような気がするからではあるまいか。ところが私の精進はまたあべこべで世間と現実とを知っていくところにあった。そして『恥以上』という戯曲にまでそれが・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・しかし、彼は、なべて男が美しい女を好くように、上官が男前だけで従卒をきめ、何か玩弄物のように扱うのに反感を抱かずにはいられなかった。玩弄物になってたまるもんか!「豚だって、鶏だってさ、徴発にやられるのは俺達じゃないか、おとすんだって、料・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・と夫が優しく答えたことなどは、いつの日にも無いことではあったが、それでも夫は神経が敏くて、受けこたえにまめで、誰に対っても自然と愛想好く、日々家へ帰って来る時立迎えると、こちらでもあちらを見る、あちらでもこちらを見る、イヤ、何も互にワザ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・で、やがて娘は路――路といっても人の足の踏む分だけを残して両方からは小草が埋めている糸筋ほどの路へ出て、その狭い路を源三と一緒に仲好く肩を駢べて去った。その時やや隔たった圃の中からまた起った歌の声は、わたしぁ桑摘む主ぁまんせ、春・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫