・・・と彼は云うと、威勢好く表へ立った。 勘次は秋三の微笑から冷たい風のような寒さを感じた。彼は暫く庭の上を見詰めたまま動けなかった。「すまんこっちゃわ、えらい厄介かけてのう、大きに大きに。」 勘次も安次に叩頭されればされる程、不思議・・・ 横光利一 「南北」
・・・一体気分が好くないのだから、こんなことを見付けて見れば、気はいよいよ塞いで来る。紙巻烟草に火を附けて見たが、その煙がなんともいえないほど厭になったので、窓から烟草を、遠くへ飛んで行くように投げ棄てた。外は色の白けた、なんということもない三月・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・したがって思想傾向も、一切を取り入れて統一しようという無傾向の傾向であって、好くいえば総合的、悪く言えば混淆的である。その主張を一語でいうと、神儒仏の三者は同一の真理を示している、一心すなわち神すなわち道、三にして一、一にして三である、とい・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫