・・・それでチョイと思いついたのは、矢張寐棺に入れて、蓋はしないで、顔と体の全面丈けはすっかり現わして置いて、絵で見た或国の王様のようにして棄てて貰うてはどうであろうか。それならば窮屈にもなく、寒くもないから其点はいいのであるが、それでも唯一つ困・・・ 正岡子規 「死後」
・・・眼をひらいてまた見ますと、あのまっ白な建物は、柱が折れてすっかり引っくり返っています。 蟻の子供らが両方から帰ってきました。「兵隊さん。かまわないそうだよ。あれはきのこというものだって。なんでもないって。アルキル中佐はうんと笑ったよ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・いるのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで、折角説き落して洋館説に同意して貰ったまではよかったのですが、見たその洋館というのが特別ひどいところだったので、すっかり愛想をつかされてしまいました。仕・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・かれはすっかり知った。人々はかれが党類を作って、組んで手帳を返したものとかれを詰るのであった。 かれは弁解を試みたが、卓の人はみんな笑った。 かれはその食事をも終わることができなく、嘲笑一時に起こりし間を立ち去った。 かれは恥じ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・洋行前にはまだどこやら少年らしい所のあったのが、三年の間にすっかり男らしくなって、血色も好くなり、肉も少し附いている。しかし待ち構えていた奥さんが気を附けて様子を見ると、どうも物の言振が面白くないように思われた。それは大学を卒業した頃から、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あなたの御亭主と云うのは年が五十、そうですね、五十五六くらいで、頭がすっかり禿げていて、失礼ですが、無類の不男だったろうじゃありませんか。おまけに背中は曲がって、毛だらけで、目も鼻もあるかないか分からないようで、歯が脱けていて。 女。お・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・もう俺もお前もするだけのことは、すっかりしてしまったじゃないか。思い出してみるがいい。」「そうだわね。」と妻は言った。「そうさ、もう大きな顔をして、死んでもいいよ。」 妻は彼の顔から彼の心理の変化を見届けようとするように、黙って・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・なんだかヴェエルで顔をすっかり包んだ女のような姿がちらと見えたらしかった。そのうちマッチは消えて元の闇になった。 フィンクは今の声がまたすれば好いと思って待っている。そのうち果してまた声がする。「大勢の知らない方と一つ部屋で一晩暮す・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・大きな鳶色の瞳を囲んでいる白い所がすっかりと見えるほどだ。時々身ぶりをするけれども決して相手に触れたり、腕に手を置いたりなどはしない。深刻な眼は相手の人の額の後ろに隠れている思想を見徹しているようだ。肉体と肉体とがいかに接近してもそれは彼女・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫